第40話 宝石は論破する
間違いなく追い詰めた。少なくとも、邪神の視点からでは。にもかかわらず、イアリアには余裕がある。実質の最終警告を笑い飛ばし、こちらを追加で挑発する程度には。
挑発については何とも思わなかったらしい邪神だが、余裕があるという事には不思議そうにしているようだった。何故なら。
「どうして? もうできることなんてなにもなくて、たたかってるひとたちがしんじゃうのをまつしかないのに」
「元鐘楼の離れ」唯一の真っ当な出入口となる扉の向こうから、そんな問いかけがあったからだ。
「そう思うのなら大人しくその子に身体を返して、どこかで見物してなさい」
「なんで? ねえなんでまだできることがあるなんておもえるの?」
「敵であるあなたに、わざわざ教えてあげる筋合いなんて無いわ」
もちろんイアリアが素直に教える訳もない。まぁ眠いのも事実だし、魔法を使い続けて疲れているのも確かだ。しかし、余裕があるのも本当の事だった。
何故なら、必要な前準備は、全て完了しているからだ。ギルドマスターの舐めた采配(とイアリアは推測した)で冒険者ギルドに缶詰めにされた時は流石に困ったが、あまり嬉しくない理由とはいえ、リカバリー出来たのだから。
けれどイアリアは、ここで少し考えた。そう。リカバリー出来たのだ。そしてそのあまり嬉しくない理由とは、邪教の信徒が、ブラッドリーチをまぶした刃で、王都の教会の神官を襲撃したからである。
「――だって、私はもう、何をする必要もないのだもの」
「……え?」
神官を襲撃「してくれた」事に対する感謝はしなければならないだろう。もちろん全力の皮肉でだが。そう考えたイアリアは、
「まずスタンピードに対する防衛戦だけど、これは元々私には関係のない事よ。だって私は魔薬師だもの。最前線になんて出る訳無いでしょう」
「……」
「一方で魔薬師の仕事は魔薬を作る事。でも私は、自分で言うと自慢に聞こえるからあまり言わないだけで、事実として間違いなく優秀なの。今回の防衛戦を凌ぎ切れるだけの魔薬は、とっくに作り終わって納品しているわ」
「……くすりは、とどかないといみがないのに?」
「それをするのは、騎士団か冒険者ギルドの責任者よ。私ではないわね」
まず防衛戦。戦う力を持つ人間の数を削り、魔物(魔獣)を持って死をばら撒く為のスタンピード。これに関して、イアリアは既に仕事を終えている。具体的には、それこそ通常であれば保管する場所が無いほど大量の魔薬の納品だ。
イアリアの仕事は効果の高い傷を癒す魔薬を作り、冒険者ギルドに納品するところまで。何故ならイアリアは冒険者を兼業する魔薬師なのだから。……もっとも、イアリアの認識では冒険者は既に辞めているので、ただの魔薬師だが。
「そして引き抜いたという杭だけれどね? 悪いけれど、杭を引き抜いたところで意味なんてないの」
「え?」
「文字通りの徒労に、どれほど邪教の信徒や洗脳した人間を使ったのかしらね? お疲れ様。こちらの妨害に回ってくる筈だった人数が減って助かったわ」
そう。イアリアが魔薬の素材を集め、襲撃者を捕縛して転移させながら、頭が地面より下になるまで深く埋めた杭。埋める為の魔道具まで使ったあの杭は、そこにある事で効果を発揮するものでは無かった。
もちろんただのブラフではない。いくら邪神側の頭数を減らしたいからと言って、あれはしっかりマナの木を使って魔法式を刻み込んだ魔道具だ。そんな労力の無駄をイアリアがする訳がない。もっとも、そちらは解説しないのだが。
「後は教会の人達だけれど、死んでないなら問題は無いわね。何故なら明日は来るのだから。普通に起こしてしまえばいいだけよ」
「……あしたはこないよ」
「もちろん、邪神。あなたもその子から出て行ってもらうわ。そして二度と手を出さないで頂戴」
「やだよ。「わたし」は、わたしたちといっしょにいくんだから」
「そうはならないのよ。依り代に降ろした力程度なら、今の私でだって吹き飛ばせるんだから」
一番の懸念だった、神官の安否。依り代となっている少女の生死。これは、邪神自身に確認を取っている。ここで嘘を吐くような頭は無い。そうイアリアは判断し、結果的にその言葉は真実である、と判定した。
「あなたとあなたの信徒の思う通りにはいかないわ。残念だったわね」
イアリアが、扉の向こうに居るのだろう邪神に、そう告げた直後。
「…………え?」
カラァン、と。
軽やかな鐘の音が、大きく響き渡った。
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