第6話 宝石は観察する

 通常の手順として、先触れ通りに到着したイアリアとノーンズは、まず控室に通された。ここでしばらく待たされてから、貴族側の準備が整ったら面会だ。

 控室では軽食が用意されているが、イアリアは顔布を理由に辞退。ノーンズは普通に口を付けたが、魔力由来であれば毒物の類も効かない為、何か仕込まれていたかどうかは分からない。

 まぁイアリアはこの「待たされる」ということそのものが、貴族社会における「招いた側が上」というアピールだと知っている。が、今はただの「冒険者アリア」なので黙っておいた。


「……」


 で。

 イアリアとしては数年ぶりの対面となるサルタマレンダ伯爵だが、どうやら顔布をして、ノーンズの動きに僅かに遅れて追従する様子を見せているこの状態だと「冒険者アリア」の正体はバレていないらしい。現在、冒険者相手へのお決まりの挨拶……定型文の誉め言葉とかだ……を行っている。

 それに応答するのは呼ばれた理由的にノーンズが対応し、仮面であるところの爽やかな笑顔で受け答えをしていた。実に慣れたものだ。なのでイアリアは顔布に表情が隠れているのを良い事に、笑顔すら取り繕っていない。


「(……少し、痩せたかしら。年のせいか環境のせいかは分からないけれど)」


 自分はオマケだという事を分かってますよ。そういう態度で大人しくしている間、じっとイアリアはサルタマレンダ伯爵、アメアルド・アルベルト・サルタマレンダを観察していた。これでも一応義理で書類上とはいえ父親だ。おかしくなっていれば、もとい変化があれば分かる。

 とりあえず今表面上は柔らかに友好的に、しかしその厳めしさはそのままに外面対応しているアメアルド。撫でつけられた金髪と細い碧眼、貴族の服が似合わないギリギリラインの骨太で良く鍛えられた身体を持つ壮年の男は、少なくともイアリアが見る限り、そう変わらないように見えた。

 話す内容も筋が通っているし、時折ノーンズがただの冒険者を装って繰り出す問いや言葉にも「正しい」対応をしている。少なくとも、今繰り広げられている舌戦では変化が見られない。


「(周囲の調度品にも変化は無し。使用人の様子が変わったという事も無さそうね。伯爵夫人が来ないのは、冒険者相手なら妥当かしら。軍部に貴族女性が関わる事はほぼ無いのだし)」


 姿勢を動かすことなく、顔布の下で目だけを動かしてイアリアは周囲を観察する。そちらにもこれと言って変化は無い。魔薬師としての目線で見ても怪しい花が生けられていたり、妙な香りがする事も無い。

 ……まぁ、そういう「普通」の手段であればここまで苦労していないのだけど。と、イアリアは内心で呟く。それはそうだ。自分では手に負えない、ほぼ全く未知の手段を使われているから対処に困っているのだから。

 それでも一応、「普通」の手段を併用していたりすれば、そこへの対策をする事で多少は相手の影響を受けにくくなるのでは、と考えていたのだ。そんな甘い話は無かったようだが。


「(そもそも、魔力ではないって時点で意味不明なのだけれど)」


 そしてイアリアが気配を消すようにして大人しくしている間に、アメアルドとノーンズの舌戦は決着がついたようだ。お互いに外面は揺れていないので、平和的な引き分けとなったのだろう。

 なおイアリアはちゃんと話を聞いていたので、アメアルドからパーティ用の衣装の貸し出しを打診され、ノーンズがそれを断り。パーティまで屋敷への滞在する事を提案され、ノーンズがそれを辞退し。冒険者ギルド併設の宿にノーンズとイアリアは滞在し、その宿泊費をアメアルドもといサルタマレダ伯爵家が出す、というところで決着したのは理解している。

 妥協点としてはそんなところよね。とイアリアも納得していたし、特におかしなことは無い。だがまぁこれでようやく、いつバレるかとひやひやする時間が終わる。とりあえず3週間ちょっと先までは。と、イアリアは顔布の下で、細く息を吐いた。



「あら、お客様が来ていたのね?」



 瞬間。

 これぞまさに鈴を転がすようなという、声が届いた。


「(――――は?)」


 イアリアとノーンズがアメアルドと対面し、会話していたのは、外向けの応接室の1つだ。比較的格の低い相手に使われる部屋だとイアリアは知っている。もちろん扉の外には警備が立ち、間違って部屋に入ってしまう、という事は無い。

 そして来客がいるところに前触れ無しで押し入る、というのは、どう考えても失礼に当たる。だからイアリアは声の方向を形式的に振り向くと同時に、アメアルドの怒りの声が響く事を、怒鳴るのではなく地を這い足元から凍り付かせるような低い声が聞こえる事を覚悟した。


「モルガナ。体調は良いのか」

「えぇ、お父様。今日は調子が良いの」

「そうか。……だが、彼らはこれから帰るところだ。下がりなさい」

「分かったわ」


 だが。だが、だ。イアリアの予想に反して、アメアルドは叱るどころかその体調を気にして見せた。はっきり言って、イアリアからすれば「誰だお前」ぐらいの異常事態だ。ここだけを見れば「偽物では?」ぐらいは思っている。

 まぁそれ以前に、そしてそれ以上に衝撃だったのは、その乱入してきた相手の容姿、声、名前が、知っているものと完全に一致していたから、なのだが。


「(なん、で)」


 内心動揺し、想定外に驚き――しかしイアリアは全力で、見た目を取り繕った。この動揺が、驚きが、少なくとも今この場で悟られてしまう事だけは避けなければならない、と、直感で分かっていたからだ。

 何故なら。


「(何故、よりによって……っ!!)」


 長い黒髪。黒い瞳。モルガナという名前に、鈴を転がすような声。

 それは。



 既に死んだはずの、イアリアの最初の義姉のものだったからだ。

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