第5話 宝石は支度を完了する

 どうやら冒険者ギルドの交渉員は無事にサルタマレンダ伯爵の指定日時をずらすことに成功したらしく、向かうのは明後日の昼という事になった。

 そしてイアリアが改めて確認したところ、そもそもの名目であるイエンスの婚約発表パーティの日時が、呼び出し状を受け取った時点から1ヵ月後だ。何故そんなに急いでいるのか全く分からない。

 第一、その主役であるイエンスがまだヒルハイアスに到着していないのだ。その状態で何をそこまで到着を急がせているのか。意味不明である。


「ここまであからさまに碌な事にならないのは流石に初めてよ」

「ははは。僕もここまでどう見ても罠なのは初めてだなぁ」


 さて、そのずらされた指定日時の朝一番から、ちゃんとした格好になったイアリアとノーンズは馬車に乗って移動していた。どちらもフォーマルに属する服装であるが、イアリアは黒い顔布で顔の前と横を覆っている。

 そして、これも準備の1つとして、イアリアはその髪に自作の魔薬を使っていた。焦げ茶色のくせっ毛はどこへやら、藁のような艶の無く淡い黄色をしたサラサラの髪になっている。

 単に染めた訳では無く魔薬を使っているので、水では落ちない。もちろん髪が伸びれば生え際から色が違ってしまうが、そこまで長期滞在するつもりは無かった。


「それにしても、魔薬っていうのは便利なんだなぁ。僕の髪も染められたらいいんだけど」

「無理じゃないかしら」

「否定が早い」

「流石にその色を染めるのは無理だと思うわ。しかも魔薬だと魔力で変異した素材の効果だから、たぶん無効化されると思うの」

「あぁ、そうか、魔薬だとそうなるか……傷を治す魔薬も効かないからなぁ……」

「……そう言われればそうなるわね。便利なところもあるけど、不便なところもあるのね……」


 魔法が効かないという体質は、つまり治療も受けられないという事。あまりにも精神に干渉する力に対する防御が強かったせいで、イアリアもちょっと考えから抜けていたようだ。そうなると、さほど便利な体質でもないのかもしれない。

 魔薬はこの世界において、非常に広く普及している。魔法は縁遠く、かといって正確な外科手術が出来るだけの技術は無い為だ。まぁ飲んだりかけたりするだけで傷が治るものがあるのだから、技術が育たないというべきかもしれないが。

 そんな中で、いわゆる一般的な治療が効かない体質。それで冒険者をやるなど、命をチップにして分の悪い賭けに挑むのが常だとはいえ、更に危険度が高い。


「本当に、何で冒険者をやってるの?」

「これぐらいしか「人間」を出来る仕事が無かったから、かな」


 まぁまさにその体質のせいでノーンズとイエンスは、「聖人」として祀られる事が決定しているのだ。わがままというには危険が高い気もするが、本人が望んだのであればそれが一番いいのだろう。

 そうこうしている間に、ガタン、と一度馬車が止まった。恐らくサルタマレンダ伯爵の領主館に着いたのだろう。とはいえ、屋敷は広い為、入口からもうしばらく馬車で進み、玄関前で降りるのが普通だが。

 今回はちゃんと身なりを整えているとはいえ、冒険者が2人だ。その場合は正面玄関ではなく、横のもう少し小さい入口へ案内されるとイアリアは知っている。


「……さて、本番ね」

「何が出るやら。遺跡とどっちがマシかな?」

「遺跡に決まってるでしょう」

「それは確かに」


 冒険者ギルドの御者と門番が話す声の後で、再び馬車が動き出す。その中でいくらか声を潜めてそんな会話をした。

 到底貴族に招かれた平民の会話ではない訳だし、貴族の屋敷に対する警戒ではないのだが、今回ばかりは妥当だろう。御者だって、相応の腕前を持つ元冒険者である。

 何故ならこれから相手をするのは、サルタマレンダ辺境伯、という貴族の家と。


「女神を騙るのだから、相応の化け物が潜んでいるに決まっているわ」

「女神というからには、少なくとも見た目は麗しい女性でもありそうだね」


 そこに潜んでいるのだろう、正体不明で精神への干渉を可能として、世界最高の魔法使いである「永久とわの魔女」すらその行動を妨害せしめる、少なくとも人間ではないなにかなのだから。

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