第7話 宝石は断じる

「――――ふっっっざけんじゃないわよ!!!」


 と、イアリアが心の底から怒鳴ったのは……冒険者ギルド併設の宿に戻り、自分の部屋に入り、しっかりと周囲の音を吸い込む魔道具を設置してからの事だ。慣れない大声を出したせいでぜーはー言っているが、一応冷静ではあった。

 そう。冷静だったのだ。何故なら不意の遭遇でもなんでもない態度を維持して、ノーンズの後について粛々と退出し、馬車に戻り、御者にも異常がない事を確認して衣装と顔布を返却するところまで、少なくとも見た目には平常を維持していたのだから。

 大きな音を吸い込んだことで、魔道具が大きく揺れていたが、それはともかく。


「何で、よりにもよって……!! えぇ、えぇ! 有効でしょうとも! 少なくとも私にちょっかいをかけるのなら、これ以上なく!!」


 色が変わって癖も無くなった髪の毛をそのままぐしゃぐしゃとかき回しながらイアリアは続けて叫ぶ。当たり前だ。何故ならモルガナは……イアリアが姉さんと慕う人は、もうこの世にはいない筈なのだから。

 イアリアは今でも鮮明に思い出せる。その最期の姿を、既にこと切れた状態で伯爵家の屋敷に運ばれてきたモルガナの遺体を。その状態を。見るも無残、とはあの事だろう。と、イアリアは心から思っている。

 何故ならモルガナは、サルタマレンダ伯爵家にイアリアと共に養子に迎えられ、そしてその家に馴染む前に魔石生みへと変わった。イアリアは覚えている。いつものように慕う姉と肩を寄せ合うようにして魔法を学んでいたら、その手の中に白い石が転がり出てきた事を。


「……だからこそ、自分が魔石生みになったというのも、すぐに分かったのだけれど」


 当時のイアリアは知らなかった。魔法使いが魔石生みになるというのがどういう事かを。石が転がり出てきた事に首を傾げ、綺麗な石を出せるなんてすごいなぁと呑気に思っていたのだ。……病弱なモルガナのただでさえ白い顔から、更に血の気が失せてしまった事には気づかずに。

 そしてその日のうちにモルガナはどこかへ連れて行かれて、帰って来たのは1ヵ月も先。何かの用事でサルタマレンダ伯爵家の全員が出払っている日で、その遺体を見たのはイアリアだけだ。

 覚えている。忘れる訳がない。あの優しく美しかった姉の無残な姿を。――魔法使いが魔石生みになる、その意味を。結末を。そして。


「本当に――ふざけんじゃないわ」


 一切庇うどころか躊躇する事なくその結末を与え。無残な姿を見る事も無く葬り。それに対して一切触れず、当たり前のように日々を過ごす、サルタマレンダ伯爵及び「貴族」という生き物に対する、怒りと嫌悪を。

 大きく息を吐いて。イアリアは翠の目に怒りの炎を燃やしたまま、サルタマレンダ伯爵の館の方向を睨んだ。


「よくもまぁ、姉さんの姿で、あんな頭の悪い真似ができるものだわ……!」


 それは、間違いなく元凶だろう、モルガナの姿をした「なにか」に対する怒りだった。

 そう。あれは、偽物だ。感覚を狂わされている事も考えた。精神に干渉されている事も考えた。だがイアリアはそれに対する対策をしていたし、効果が出ているのも確認できていた。

 何のことかと言えば。イアリアは準備期間として冒険者ギルドの交渉役が勝ち取った1日で、ノーンズの髪を使って魔道具を作っていたのだ。ノーンズは、自分はあらゆる魔法や神の力を無効化するのに、道具になど出来るのかと首を傾げていたが。


「ミラーと呼ばれる魔物を知っている?」

「あぁ、遺跡にたまに出る奴だね。鏡が浮いて動くような姿で、遠距離攻撃を反射するっていう」

「それを加工したお守りがある事は?」

「攻撃を跳ね返すという護符の事かな? なかなか効果があるらしい。……なるほど。無効化する特性があっても、加工する方法はあるのか」


 と、具体例を出すと納得していた。そしてイアリアお手製の魔道具、魔法陣を刻んだ細長いマナの木の木片を銀色の髪で編んだすだれのようなそれは、馬車に乗って宿に戻った時点で3割ほど壊れていた。壊れ具合で効果が続いているか分かるようにしたのはイアリアの工夫だ。

 つまり魔道具は効果を発揮していたし、帰る時点では効果を発揮し続けていた。すなわちあの「モルガナ」を偽者だと断じたのは、イアリア自身の判断で間違いない。

 サルタマレンダ伯爵ことアメアルドと比べるまでもない。イアリアが姉さんと慕うモルガナを見間違える訳がないのだ。たとえどれほど似ていようが見分ける自信がある。


「――いいわ」


 まして。イアリアの記憶の中のモルガナは、天才的な才女だった。それこそ今のイアリアもまだ及ばないと思う程の。イアリアが決して努力を止めない、その理由こそがモルガナなのだから。

 そしてその姿をした「モルガナ」は、貴族としては絶対にありえない失態を犯した。しかもそれを叱られる事すらない。恐らくは、あの精神に干渉する力でもって。

 そもそも、イアリアは誰かから強制されることが嫌いだ。自らの意思を無視されることが嫌いだ。その理由の一端がモルガナの一件にあるのは言うまでもないが、結果として自らの持ち得るものに、とくに精神的なものに手を出される事を殊の外嫌う。


「姉さんの尊厳を汚すのなら……お望み通り、とことんまで付き合って、塵も残らない程徹底的に潰してあげる……!!」


 まぁつまり。

 イアリアの逆鱗を、これ以上は無い程的確にぶち抜いた、という事だ。

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