第15話 宝石は知恵を絞る

 イアリアが開戦を知らされた翌日には冒険者を含めてエルリスト王国側の戦力が出陣し、その翌日には布陣を完了した。時期が時期である為、戦争の指揮を執るサルタマレンダ伯爵は農民の徴用をせず、山間の細い道、エルリスト王国に近い場所を使う事にしたらしい。

 ここなら地形を上手く使い、防衛に徹すれば凌ぐ事が出来るだろう。パイオネッテ帝国からしても無茶な時期の戦争だ。数ヵ月も持つまい、と判断したようだ。

 それはおおよそ正しい判断と言えるだろう。寡兵で大勢を相手するには地形を使うのがもっとも手軽で確実であり、相手は練度と時期に問題がある。そもそも夏場に鎧を着て集団で動くという時点で自殺行為だ。自滅するのは時間の問題である。


「そうなるでしょうとも」


 ただしそれは、通常の場合であればの話だ。

 イアリアを狙い、イエンスを取り込み、そしてノーンズを排除しようとする元凶の目的は未だに分からない。分からないが、少なくとも事実としてノーンズが狙われているのは間違いない。

 たかだが1人の命を奪う為に戦争を起こすとは何とも大掛かりな事だが、そうでもしなければノーンズという銀の髪を持つ特別な人間は殺せない。外面も完璧で実力もあるから、不審な死を遂げれば必ず捜査が行われる。

 それを避けるにはどうすればいいか。それほど特別な人間が死んでもおかしくない状況は何か。まぁ、元凶も考えたのだろう。


「だからと言って、どうしてそうなるのかはさっぱり分からないけれど」


 嫌な予感はそこにある。手の届くところにある。けれどイアリアは、それを心の隅に留め置くだけにしておいた。何故なら、話が更にややこしくなるからだ。不確定要素も不明瞭な事も多い状態で、これ以上こじれさせると訳が分からなくなる。

 それに少なくとも今……次の日が昇る頃には実際の戦闘が始まるだろうというこの深夜考えるべきは、ノーンズが狙われている事と、それをどう防げばいいかという事だ。

 もちろんイアリアも考えた。だが戦争は既に始まっているし、戦争において義務となる冒険者の参加も止められない。それは冒険者ランクが一定以上、上澄みと呼ばれる冒険者の、権利と引き換えの義務だからだ。


「だからこうなると思ったわ。こうする為の動きだものね」


 それはサルタマレンダ伯爵からの要請であり、支部が置かれている以上冒険者ギルドがその要請を断る事は出来ない。だから戦争への参加を止める事は出来なかった。これを止めるには、戦争を起こさせてはならなかったから。

 しかし逆に、戦闘が始まってしまっても止められない。サルタマレンダ伯爵の、守る事を最優先とした差配は当然のものだった。何しろ宣戦布告から戦闘開始まで時間が無い。時期的にも、農民を集めて数を揃える事は出来ない。

 だから地形を使い、相手の数を強制的に絞って、事実上は同数の戦いが長く続くようにする。そうなれば練度で勝るこちら側が有利だ。当然の話だろう。国を守り続ける、辺境伯の地位は伊達ではない。


「こうするしかないように持って行った。それは本当に見事なのだけど」


 宣戦布告があったと告げた時、ノーンズは言った。詰んでいる、と。

 その通りだと、イアリアも思った。ここから逆転する事は出来ない。出来たとしても、ノーンズは最後の盤面に存在しない。退場が決定づけられてしまったから。

 だからそれ以上止める事はしなかったし、そこからは冒険者ギルドの魔薬納品依頼を全部無くすように魔薬の作成に打ち込んだ。

 ただし。


「――――でもこれは、盤面遊戯ゲームではないのよ」


 イアリアは、ノーンズが。魔薬の効かない体質であると、知っている。


「これは現実よ。一回限りで決してやり直しなんて出来ない現実なの。ルールが無いのがルールである現実なんて、「敵」に配慮なんてしてあげない」


 そう。魔薬の依頼を受け続けていたのは、冒険者ギルド2階の調合設備に籠る為の言い訳に過ぎなかった。もちろん納品はちゃんと行っているし、質も落としていない。だが実際にかかった時間は、半分以下だ。

 その時間を使って、依頼を隠れ蓑にして、イアリアはひたすらにある魔薬を作り続けていた。そしてイアリアは、サルタマレンダ伯爵令嬢としての教育を受けている。その中には、周辺地形の情報もあった。

 ここまでの教育と学習、経験の全て。自分が持ち得る手札をその頭脳で組み合わせ、ノーンズを助ける――「戦闘に参加させない」結果を掴むにはどうすればいいか。そう考えて出た結論は。


「それに、残念だったわね。生憎私は育ちが悪いから、ズルをされた盤面遊戯ゲームなんてまともに付き合ってあげないの」


 大量の、爆発する魔薬だ。

 そう。イアリアは知っている。酷く硬い岩で出来た山脈とはいえ、やはり脆い場所はある事を。そして地形情報で知っている。パイオネッテ帝国に繋がる道には何か所か、落石注意とされている場所がある事を。

 イアリアは既に、小さいとはいえ山を1つ、崩している事がある。自らの魔力が尽きない事も知っているし、魔石を大量に使ったら爆発する魔薬の威力が跳ね上がる事も知っている。


「だからね」


 真夜中。歩哨すらも陣地に引っ込み、夜闇の中で岩山を歩く等という自殺行為は敵も味方も決して取らない。

 それを分かった上でイアリアは、戦場となる筈の細い道、山から見れば隙間のような谷の上に、これでもかと爆発する魔薬が詰まった樽を仕掛けていた。そして自分自身はそれよりさらに高く、そして硬く崩れない場所へと移動している。

 そしてそこから、機構式のスリングを構え。


「――こんな盤面、盤ごと引っ繰り返してやるわ」


 1人殺す為だけに戦争を起こした元凶への対抗策として。

 1人救う為だけに、隣国に唯一繋がる道を、崩した。

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