第14話 宝石は知らされる
イエンスの婚約発表パーティまで、残り10日。
「は……?」
そのタイミングで。少なくとも論理的に考えれば全く訳の分からない時期に。その知らせは、ヒルハイアスから、エルリスト王国を駆け抜けた。
すなわち。
「開戦!? このタイミングで!?」
そう。険悪な関係にあり、主に向こうから仕掛けてくる小競り合いが絶えない隣国、パイオネッテ帝国が、ついに。宣戦布告をしたのだ。
とはいえ、突然の知らせ、という訳では無い。そもそもノーンズが自分のクランである『シルバーセイヴ』の本拠地から離れなかったのも、今は建前であったとしても当時は本気で、優れた魔薬師兼冒険者である「冒険者アリア」をクランに勧誘したのも、その話があったからだ。
だが。今は春。大半の畑は種まきを終えてしばらくした頃であり、ここから農民は忙しい。畑から離れる訳にはいかない。もしここで農民を戦争の為に連れて行ってしまっては、秋の収穫が激減するどころではない。
「本気らしい。しかも既に布陣を終えてからの宣戦布告だから、数日以内には戦闘が起こる。冒険者ギルドからも緊急招集がかかっているよ」
「……という事は」
「あぁ、大丈夫。絶対に動かないといけないのは、クラン所属ならクランリーダーと、そのクランの規模に応じた人数をクランリーダーが選んだ冒険者だけだ。君は後方にいてくれた方が心強い」
そしてイアリアがその話を聞いたのは、冒険者ギルドヒルハイアス支部で午前中の分の納品依頼を終えて、昼食を食べに『シルバーセイヴ』の本拠地へ戻って来た時だった。
やあ。と、見慣れてきた感もある爽やかな笑顔の仮面でノーンズが手招きするものだから、絶対に厄介事だとは思っていたイアリア。しかし、流石に開戦とは聞いていない。
何より、ノーンズの戦力勘定に自分が入っていない。それがイアリアにとっては
「馬鹿じゃないの? 論外よ」
「……君、目立ちたくない魔薬師だろう?」
「何度でも言うわ。馬鹿なの?」
「えぇー。そんなに直球で罵倒されるような判断だったかな、これ」
「当たり前よ」
それこそ、立て続けに同じ言葉を繰り返す程度には「無い」判断だった。
もちろん論理的に、表に出ている手札だけを見れば妥当だ。誰もコモンレアの魔薬師兼業冒険者を最前線に出そうとは思わない。
だが。魔法学園で魔法使いとして、戦略を学び、同時に元凶の思考の拙さを知ったイアリアは。
「だってあなた、
「わぁ直球だ」
「絶対にあなたを、確実に邪魔で排除しにくい目の上のたんこぶを排除する為のものに決まっているわ! ここであなたという大駒を失ったらそこからどうやって反撃しろって言うの!?」
「おっと思ったより全力で戦略的な心配だった」
その目的が、たった1人を排除する為のものだと、確信を持っていた。もちろん今も「洗脳」よけの魔道具は身に着けているし、そちらに異常は無い為、これはイアリア自身の思考である。
なおかつ現状を考えた場合、高確率で「洗脳」能力に対抗できるイアリアを連れて行かないというのは、あり得ない判断だった。そもそも本来の実力というか、宝石を5つ持っているという事実及びその理由を調べれば、戦力としてどれだけ当てにできる事か。
そしてそれに対して、ノーンズは反論しなかった。という事はすなわち、同じ結論に辿り着いているという事だ。しかし、その口から出てくるのは撤回の言葉ではなく、乾いた笑いだった。
「まぁね……そりゃそうだろうと思うよ。そもそもパイオネッテ帝国の切り札が「黒き女神」なんだ。あの能力と言い見た目と言い、絶対にどう考えてもあの「元凶」が関わっているのは間違いない。……まさか本当に国を動かすとは思ってなかったけどな」
「何よ、ちゃんと分かっているんじゃない」
「けど、残念ながら応じないって選択肢も無いんだよ。これでもクランリーダーだからね。戦争は既に始まった。接敵も数日以内。止めるなら、宣戦布告からだったな」
「そんなもの、個人でどうこう出来る訳がないでしょう」
「その通り。……すなわち、詰みというやつだ」
そう。その通りだ。手札が違う。準備が違う。いくら言い訳をしたところで、相手がこちらを詰める手を止める事は無いし、ここから逃げられる手は存在しない。
真っ当に戦って生き残る、という可能性も、恐らく無い。何故なら「洗脳」の能力は、近くに来るだけで発動する。そしてそれを、意図的に広範囲へ発動する事も可能だろう。
大規模な戦闘中に、その戦闘範囲全域が効果範囲に収められてしまったら。そこまでの能力は無くても、例えば戦闘の流れでノーンズが戦場の端か、「洗脳」能力の射程に入るところに動かされたら。
「流石に味方に刺されたくはないけど、まぁ、無理な話だろうね。そして、背中を預けた仲間に攻撃されたら避けられない」
周り中が、ノーンズを殺す事に疑いを持たなくなる。
本当に恐ろしい力だ。イアリアが比較対象に自身の師匠を上げる程度には理不尽な力だ。いくらでも使い道があるし応用が利く、使えない場面など滅多にない凄まじい力だ。
それが、敵に回っている。それはつまり。
「確かに君の魔薬なら耐えられるかもしれない。けど「冒険者アリア」に対して、敵が容赦するとは思えないな」
盤面の状態によっては……どうにもならない、という事だ。
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