第13話 宝石は逃す

 イアリアにとっては覚えのある状況……癒草と味草の誤納品については、冒険者ギルドヒルハイアス支部が素早く対応した事で、傷を癒す魔薬の質が落ちるという事態が回避された。

 不幸中の幸いとでもいうべきか、その状況で例の「洗脳」状態にある人間は、それこそ数秒は目が見えなくなる程の光を浴びせれば正気に戻る、という事が分かったのは大きな収穫だっただろう。

 魔道具を作るイアリアも多少は安心していたし、何より「洗脳」されている人数によってはそれこそ自分の髪が無くなるのではと、内心かなり身構えていたノーンズも安堵の息を吐いていた。


「ところで、ちょっといいかな」

「何?」

「最近食事メニューに使われる食材が、随分変わった気がするんだけど」

「美味しくて安く手に入って栄養がある食材を紹介しただけよ。何か問題ある?」

「無いけど……確かあれって、毛生え薬の材料になるものじゃなかったかな?」

「事前の備えは大事という話よ。で、効果はあったかしら」

「やっぱり君か」


 まぁそれはそれとして、イアリアは少しでもノーンズの髪を伸ばそうと、まずは『シルバーセイヴ』の本拠地で全員に出される食事にテコ入れをしていたのだが。

 ちなみにその、誤納品に関する決着がついた頃には、イエンスの婚約発表パーティまで半月となっていた。流石に既にイエンスもヒルハイアスに到着している筈だ。

 そしてイエンスも冒険者なのだから、まず冒険者ギルドに顔を出す筈である。そしてその時接触できれば最上、と、ノーンズは比較的頻繁に、冒険者ギルドヒルハイアス支部に顔を出していたのだが。


「……。おかしいわね。その日は私も早い時間から支部にいたわよ?」

「ちょっと解除が遅かったか……」


 どうやらイエンスは、とっくの昔。イアリアがパーティ用のドレスの仮縫いが出来たと聞いて出向いた日にヒルハイアスに到着し、冒険者ギルドヒルハイアス支部に顔を出し、そしてサルタマレンダ伯爵の屋敷に向かったというのだ。

 イアリアはもちろん、ノーンズもその日は冒険者ギルドの建物にいた筈なのだが、全く話を聞いていない。どころか、イエンス自身とすれ違ってすらいない。確かにヒルハイアス支部の建物は大きく、受付も複数あるが、だからといって単に見逃したというのは考えにくい。

 すなわち、例によって「洗脳」状態にある人々によって、接触できないようにされた、と見るべきだろう。そしてそれ以降は屋敷の中から出てきていない。となると、やはり接触を警戒されているという判断になる。


「それにしても、どうしてイエンスだけが狙われるのか分からないな」

「……。どちらかだけでも良かった、としか思えないわね。「揃える」必要が無く、けれど求める理由とすれば、それぐらいしか無いわ」

「まぁ、それはそうだ。単に色が欲しいだけなら、どっちか片方でいい。一応は真っ当な辺境伯が用意した婚約ともなれば、アイリシア法国も簡単に手出しは出来ないだろうし」

「魔力と違って、血筋に依存する訳ではない、というのは分かり切っている筈なのだけどね」

「それを分からないから無理を通しているんじゃないか?」


 そして警戒されている理由としては、それぐらいしか思い浮かばない。というのは、ノーンズとイアリアの共通認識だった。つまり少なくとも、論理的に考えればそうなるという事だ。

 まぁ、あの推定元凶の頭もとい様子を考えれば、論理的に考えていない可能性もあるのだけど……。とイアリアは懸念を持っていたが、もし論理的に考えていなければ、結局その理由と経過はイアリア達には分からない。

 どうやら冒険者ギルドの方でも、ある意味誰にでもできる「洗脳」の解除方法が分かった事で、他の支部の「洗脳」を解除して現状を再確認しようと動いているようだ。


「冒険者ギルドがまともになれば、少なくとも味方は増えるわね」

「解除されていないふりをしている、とかでなければいいけど」

「とりあえず今の所、強い光を浴びた人に魔道具が反応した事は無いわ」

「いつの間に? いや、でもそれなら確実か」


 それに、と、イアリアは少し考える。

 それは、彼女自身の師匠の事だ。流石にいくら何でも時間がかかり過ぎている。何しろ、学園都市から姿を消した時点で既に1ヵ月が経っていたのだ。それが師匠、「永久とわの魔女」の弟子と離れていられる限界なのは、イアリア自身も分かっている。

 いくら2人の兄弟子が宥めすかしていたとしても、限界は限界だ。そして今回に限れば、兄弟子達だって自分を探すことに賛成するというのが分かっている。

 世界最強の魔法使い。その呼び名をほしいままにする年齢不詳の美女。しかしてその実態は、自ら選んだ弟子が好きすぎる弟子馬鹿である。


「……足止めなんて、到底無理なのよ」


 本気になったら誰にも止められない。故にこその世界最強であり、世界単位におけるトップクラスの戦力を持つ個人である。止められる訳がないのだ。それこそ男爵程度の貴族なんぞが出来る範囲では。

 ……最低でも、国か、国に匹敵する力を持つ組織が、全力で妨害工作を行いでもしない限りは。

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