第12話 宝石は気付く

 ヒルハイアス、ひいては『シルバーセイヴ』の本拠地に来てからは大体引き籠っていたイアリアだったが、ドレスの仮縫いと合わせをきっかけに、ちょくちょく外に出るようになった。

 まぁ出ると言っても行先は冒険者ギルドで固定だし、それも大半は魔薬納品の依頼を受けて2階で調合しているので、他の冒険者と顔を合わせる時間はとても短いが。

 魔道具作りの方が一旦落ち着いたというのもあり、イアリアは別の試みをするのもあって、魔薬の納品依頼を受けつつ、依頼価格の素材を吟味するイアリア。


「……あら」

「どうされました?」


 流石エルリスト王国最西端、山向こうの植生が混ざったせいかあまり王国内では見ない種類がある、と感心しながら今日も依頼価格の素材を確認したイアリアだったが、その目にひっかかるものがあった。

 それは、こちらはどこにでもある癒草の葉だ。傷を癒す魔薬の需要はどこでも絶えない。戦争になるという噂(ほぼ事実)もある為、いつもより報酬が若干割り増しだったのは、イアリアに都合が良いのでまぁいいとして。

 問題は。


「これ、癒草よね? いつからあるものなの?」

「それは3日前に納品されたものですね」

「……じゃあおかしいわね。何故しなびているのかしら」

「? 3日放置されればそんなものでは?」


 不思議そうに首を傾げるギルド職員に対して、イアリアは屋内でもしっかり下ろしたフードの下で額を押さえた。癒草は、その有り余る生命力で薬になる草である。たかだか数日でしなびる訳がない。

 よってイアリアは、まずそのギルド職員に、洗脳を打ち破る魔道具……効率化を極めた結果、銅貨サイズまで小さくできた……を混ぜて代金を渡し、パキン、と壊れる音を聞いてから、癒草ではなく味草ではないか、と問いかける。

 無事洗脳が解けたギルド職員は即座に気付き、驚いたことに、その場で指摘された草を齧った。


「これは……! 人を呼んで素材の検査をします、少々お待ちください!」


 その目が見開かれ、そのまま身を翻して階下に戻っていったので、きっと美味しかったのだろう。イアリアは大人しくそれを見送る。

 しかし、と、イアリアは、その見送った状態で、フードの下に隠した目を眇めた。


「……覚えのある状況ね」


 そう。イアリアが依頼価格の素材を確認していたのは、かつてそこに、今回と全く同じ素材の混入があったからだ。

 それはおおよそ1年と数ヵ月前、アッディルという田舎のまとめ役となる町での事。その時も葉っぱの鮮度でイアリアが混入に気付き、そこから採取間違いは無くなった筈だが。

 確か。その時も確か、引っ掛かりが無かったか。そう。味草は大元が癒草と同じだと言われるほどに似ている。だが、その効能……魔力による変異の方向は大きく異なる。それを。


「誰かが。同じものだと、教えたかのような」


 まさか。と、イアリアの脳裏に嫌な可能性が浮かぶ。

 いつから狙われていたのかは分からないし、相変わらず目的も不明だ。だがもしあのまま、癒草として味草が納品され続けていたら。イアリア以外が作る魔薬が、ただの味草のスープに置き換えられ続けていたら。

 その直後に、腹に大穴を開けて担ぎ込まれた冒険者は。いやそれよりももっと、アッディル近郊の森に大量発生していた、狂魔草によるスタンピードは。


「……何故?」


 理由が分からない。目的も分からない。どうしてその過程になったのかが不明というのは、推測においてこれ以上ない妨害だ。分からなければ推測できない。当然だ。

 だが。無理矢理理由をつけても、本来のものからズレる可能性が高い。それは推測の精度が落ちるという事であり、間違った推測を元に行動していると、相手にしてやられる可能性が上がる。

 だから精度の低い推測の事は思い込みと呼び、決して参考にしてはならない。イアリアはそう魔法学園で学んだし、それは正しいと思っている。


「と、言っても。無理にでも理由を付けないと、推測そのものが出来ないもの」


 だが、それも時と場合による。

 そして幸か不幸か、今のイアリアはそれらしい理由になりそうな、他の可能性に比べれば比較的無理の少ない推測が出来そうな情報を、手に入れていた。

 すなわち。



 隣国――パイオネッテ帝国が仕掛ける、戦争だ。

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