第16話 宝石は白を切る

 さて。

 使用者から魔力を吸い取って発動する、という、はっきりいってイアリア以外には使い道のない自作の魔道具を使い、空を飛ぶ事で深夜の安全な長距離移動を実行に移したイアリア。

 もちろん深夜に盛大な爆発音がした事と、それに続いて地鳴りが響いた事についての混乱など知った事かとさっさか『シルバーセイヴ』の本拠地に戻り、さも一晩ずっと寝ていましたよ、という様子で食堂に顔を出した。


「君だろ」

「何の話?」


 で。何故かそこにいた、いつもの爽やかな笑顔へ僅かに怒気を乗せたノーンズに引きずられて空き部屋に移動し、第一声がこれだ。もちろんイアリアは何の事か分かっているし、その上でしらばっくれている。

 一方のノーンズは、あまりにも清々しいしらばっくれように、大変頭が痛そうにため息を吐いた。


「全く……いくら何でもそこまでやるか? こっちは警戒しながらどれだけ時間を稼げるかギリギリまで考えてたのに、まさか戦争そのものが中断するとは思ってない」

「不思議な事もあるものね。このタイミングでよりによって、まさしく戦争の舞台になるはずだった場所が土砂崩れで埋まるなんて。それも脆い部分と硬い部分が入り混じっているから、踏み込めば二次災害が酷い事になるのが分かり切ってるから、戦争を中断するしかないのでしょう?」

「ここまで棒読みで見てないと分からない情報を込めて言われると、逆に潔いな」


 ちなみにそういう事だが、警戒は続いている。にもかかわらずノーンズが『シルバーセイヴ』の本拠地まで戻って来たのは、まぁ、混乱に乗じて実質抜け出してきたのだが。

 そう。混乱だ。まぁ突然深夜に山が崩れればそうもなるだろうが、混乱していたのだ。中断という事は宣戦布告した側が逃げたか白旗でも振ったんだろうし、こちらも突然の事で何が何やらと、どこもかしこも混乱していたのだ。


「やはり元凶は、あの黒髪の令嬢のようだね。実際令嬢かどうかは分からないけど。あの周辺だけやけに落ち着いていたから」

「事態を理解できずにきょとんとしていた、ではなく?」

「令嬢本人はそのようだったけど、流石に伯爵や側近はそうでもなかったな。しかしまさか、戦争が中断になった途端に身柄を押さえられそうになるとは思わなかった」

「理由とかどうするつもりだったのかしら」

「爆発の犯人に仕立て上げられたりしたかもしれない。何せ犯人は不明だから」

「あなたのような、少なくとも魔力を持たない人間に出来る事じゃあ無いでしょうに」


 という事だった。もちろんノーンズは無実である。そもそも自分で夜通しの警戒に立候補していて、ちゃんとこちら側にいるという証言がいくらでも出てくる状態だ。

 まぁ、それすら捻じ曲げられかねない相手の為、さっさと撤退してきたのだろう。その辺の判断は確かである。

 ただそれだけの判断をできるノーンズが、突然の事態による混乱、というチャンスを、逃げ出す為だけに使う事も無い。当然、全力で活かそうとするだろう。


「で。いたの?」

「いたよ。それこそがっちりと身柄を押さえられていて、たぶん本人も「洗脳」の影響が強いみたいだったけど」

「魔道具は?」

「流石に使ってる暇が無かったな。何だかやけに恐ろしい付き人がいて、そいつから逃げてきたっていうのもある」


 そして実際、混乱の中で、その本人……イエンスがどこにいるかは確認できたようだ。もっとも、予想外の相手がいた事で、接触できずに撤退するしかなかったようだが。

 だが、イエンスがいる、という情報は得られた。そこに警戒するべき相手がいるという事も分かった。戦争も中断されたし、戦争が再開する為にはまず土砂撤去という、半年はかかる大工事が必要だ。

 すなわち。恐らく予定通りに婚約発表パーティは行われるし、そこにノーンズは出席できる。戦争以上にノーンズを合法的に殺せる手段は無い。だから後は暗殺に気を付けつつ、難癖をつけられないようにするだけだ。


「……ところで、他に方法は無かったかな?」

「あったらあなただって、出発前に「詰んでる」なんて言わないんじゃない?」

「それもそうか……」


 まぁノーンズ自身は、その、あまりにも派手な対応にちょっと思う所があったようだが。反論は出来なかったので、ひたすら頭が痛いだけで、それ以上は飲み込む事にしたようだ。


「そうだね。今は生きて、万全の状態で問題の日を迎えられる。これを喜ぶとしようか」


 ……婚約発表パーティまで、あと1週間。

 ノーンズからすれば、イエンス奪還まで、いよいよ大詰めのタイミングである。

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