第32話 宝石は移動する
鐘の音はいつまでも鳴りやまず、それはつまり、誤報や早期解決した訳ではない……新年祭直前の王都にあった、騒がしく賑やかで時々物騒な、しかし楽しみに満ちた空気を、不安と恐怖で吹き飛ばす危険が迫っている事が確定した。そういう事だ。
それでも、普段より守役騎士の人数も多いし、王城に勤める騎士の応援もいる。だから比較的素早く避難は開始され、前触れなく真夜中に始まったにしては、混乱は少ない方だったのだろう。
避難先は、王都の中心にある王城だ。貴族街と平民街の境目には壁があるが、王城とそれ以外を隔てる壁はさらに高く、分厚い。エルリスト王国、という国が出来たその最初に作られた街でもある為、魔物(魔獣)の闊歩する未開の地を開拓する為の、最前線であった名残だ。
「だから、それはいいのだけど」
その避難の動きの中、案の定イアリアには冒険者ギルドからの強制招集がかかった。だが冒険者ギルドの本部に移動して伝えられたその役目は、以前の指名依頼と同じ、つまり、魔薬の大量作成だったのだ。
いや、間違ってはないのよね、とイアリアは考える。何故ならイアリアは、冒険者登録をする時に、技能欄に魔薬作成と書き込んだ。その後も魔薬師と名乗っているし、魔薬師というのは通常、後方で補給を担当する後方支援職である。
だから、「冒険者アリア」を非常時にどこに配置するか、となると、後方になる。それは当然の事だ。何しろ、通常の魔薬師に戦闘力などというものは無いのだから。あったとしても、逃げる為の自衛が精々だろう。
「…………違和感があるわね」
だが。「冒険者アリア」は、その冒険者カードに、支部長の判断で支部につき1つずつ与えられる事がある宝石を、5つも並べている。冒険者ギルドの本部であればその理由は分かる筈だし、特に、沿岸都市カリアリの支部と、北東の山の中心村落であるエデュアジーニの支部から宝石が与えられたのは、その戦闘力が評価されての事でまず間違いない。
その前提がある上で、イアリアは、イエンスが「ギルドマスターが「冒険者アリア」を舐めてかかるのは違和感だ」(意訳)と言っていた事を合わせて思い出し、ようやく「違和感」という評価をするに至った。
何故ならイアリアからすれば、自分という人材の無駄遣いも甚だしい。もちろんこの配置が無駄どころか適解であるのは異論が無いが、決して最適解ではないのも間違いないからだ。
「魔薬が欲しいだけなら、教会から引っ張り出す必要はないし、本部に閉じ込める必要もないわ」
そんな事を呟きつつも、要求された魔薬を次々と作っては納品しているイアリアである。もちろん現在もしっかり、首に引っかける形の、光属性の防御魔法を自身に発動する魔道具は着けているし、効果切れにならないように適宜魔石を追加している。
……まぁこの魔道具に適宜魔石を追加する必要がある。という時点で、冒険者ギルドそのものをどちらかというと邪教寄りだと判断してしまうのは、仕方がない。何しろこの魔道具が消耗するという事は、邪神の影響を受けているという事だからだ。
すなわち、冒険者ギルドの本部は、邪神の影響下にある、と言っていい可能性が高い。だから教会から引っ張り出された事は警戒しながらもあり得ると思っていたが、行き先が最前線ではなく、依頼を受けているとき限定の作業台がある階だというのは想定外だ。
「……魔薬の行方だけは探知できるようにしておこうかしら」
もちろん作り手であるイアリアの負担は増えるし、そう長い時間持つものでもない。どこかに集積されてから配られているとしたら、倉庫に置かれている間に効果切れになるだろう。目立たないように、かつ、魔薬に影響を与えないようにしようと思うと、どうしてもその程度になる。
当たり前だが普通に考えれば「その程度」ではないし、使い方などいくらでもある類の技術であるのだが、忙しく頭と手を動かすイアリアに、やはり自覚は無かった。
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