第31話 宝石は起こされる
そして。少なくとも教会関係者は厳戒態勢を引いた中、新年祭目前、この1年の最後の日へと、時計の針が進んだ。
直後。
「!」
けたたましい鐘の音。緊急時に鳴らされるそれが示すのは、王都に非常に大きな危機が迫っている、という事だった。もちろんそれに際して、住民だけではなく、王都にいる全ての人間は避難する事になっている。
王が住み、このエルリスト王国の政治的中心と言える王城があるこの王都は、最も分厚い防御が用意され、戦力が揃っている。揃っていなければならない。だからこそ、この鐘を鳴らす程の脅威と言うのは、限られる。
かつて、またはっきり隣国と戦争をしていた時ならともかく、今現在の状態でこの鐘が鳴らされたという事は、すなわち――
「そこまでやるとは思ってないのだけど!?」
大量の魔物(魔獣)によって構成された大集団による、人間の集落への襲撃……スタンピードだ。
しかも王都の場合、常駐している戦力は多い。つまり少々の事では鐘を鳴らす事無く、守役騎士が出撃して終わりである。何か門の出入りが出来ないな、と思ったら、外でスタンピードへの対処をしていた、という事もあるぐらいに。
だが今回は、夜中にもかかわらず鐘が鳴らされた。すなわち、夜で遠くまで見通す事が出来ない状態であっても、最悪の事態……門が破られることを想定しなければならない。それだけの規模の魔物(魔獣)が確認された、という事だ。
「というか、王都の周りは見て回ったけど、普通に動物はいたし狂魔草は無かった筈よ。一体どこからそんな数の魔獣を集めてきて、しかも王都に集団のままぶつけたって言う訳!?」
訳が分からない、と叫びつつも、イアリアは飛び起きた流れで着替え、装備を整え、外に出る準備をしていた。もちろんイアリアが外に出るのは危険だし、冒険者ギルドは対邪教の戦力として不安が残る。
だが、イアリアはれっきとした宝石付きの冒険者だし、こういう非常時には強制的に招集がかかる。その規模はその集落における冒険者ギルドに依存するのだが、ここ、王都エルリスタにあるのは、冒険者ギルドの本部だ。
そもそも冒険者ギルド(本部)は、実質協力しないと宣言したに等しい態度を取ったイアリアに、指名依頼を出している。イアリアとしてはその時点で完全に舐めているとしか言いようがない訳だが、それと同様に、イアリアにも招集をかける可能性がある、と、判断していた。
「……とはいえ、実際招集がかかったら、かなり相当困るのも確かなのだけれど」
イエンスには、地下に魔石を置く場所を作り、そこから魔力を供給している、と説明したが、実際は違う。何故ならイアリアの血を使ったインクで書き記した魔法式によって魔道具に改造された「元鐘楼の離れ」は、イアリア自身から直接魔力を吸い上げる構造になっていたからだ。
もちろん地下に魔石を置く場所を作った、というのは嘘ではない。だがそちらは非常用、それこそ何らかの方法でイアリアの魔力が封じられるとか、まさしく今のように外に出る必要があるとか、そういう時の為のものだ。
もちろん全力で、魔法として形になっていたら、それこそ太陽がそこに出現したような光を放つことになるだろう魔法を構築し、発動しっぱなしにして、短時間で大量の魔石を貯め込んでいる。だが、それで足りるか、というと。
「持って1日あるなし、かしら……」
何故なら、今教会の敷地を丸ごと覆う形で発動しているこの結界魔法は、必要魔力が桁外れに多いのだ。それに魔石として形にする場合は属性を決めねばならず、全ての属性に適性がある魔力を、属性が無い状態で利用する前提の結界魔法に使おうと思うと、更に必要な量が増える。
それでも1日は持つ、という時点で相当量の魔石が蓄えられているし、そもそも術者本人の魔力と、溜め込まれた魔石の切り替えが出来る時点で、魔道具としての作成難易度は跳ね上がる。本人は必要魔力の割に効果範囲が狭い、と全く納得していないが。
新年祭直前の熱気と高揚に包まれつつも一応眠りに包まれていた王都も、その住民が鳴り響く鐘の音で起こされて、ざわざわと不安と恐怖を帯びたざわめきが、広がり始めていた。
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