第30話 宝石は改造する

 今年も残り2日となったところで、流石に王都へやってくる人の流れも、一旦止まったらしい。当然王都であるエルリスタは人でごった返し、遅くに来て宿が無いとおろおろしている人間も多いし、そんな人間を狙う犯罪者も多い。

 人数がピークに達したという事は、騒動の発生件数も最大になるという事だ。なので守役騎士も見回りの依頼を受けた冒険者も、王城を警備する騎士団からの応援も、何なら貴族の子飼いの護衛も大忙しである。


「ま、その守役騎士の動きに影響が出てるんだから、騒ぎが収まる訳が無いのよね」


 そんな事を呟くイアリアはというと、すっかり自分の個室状態になっている「元鐘楼の離れ」の中をちょっと散らかし気味にしつつも、せっせと魔薬を作っていた。何故なら騒動の件数が増えて、教会にも人が押しかけてきたからだ。主に治療を求める人が。

 もちろん治療所は別にあるし、薬師が経営する店もある。だが地方に行けば教会が治療所を兼ねている場所は多いし、現在の王都には地方からやって来た人間がかなり多い。

 だから人混みで転んだとか、喧嘩に巻き込まれたとか、そういう理由で教会に助けを求めてくる旅行客は多く。それらをすべて断る訳にもいかず、現在教会は門を開き、来客を迎え入れる体制を取っていた。


「そうすると、まぁ色々入り込んでくるというか、入り込もうとしてくる訳なのだけれど」


 それを説明されて、王都の教会で一番位の高い神官に相談されたイアリア。ちょっと考えた結果、今いる「元鐘楼の離れ」の内装を加工していいか、という確認を取った。

 流石にここまでずっとイアリアを見てきた代表者は、その確認を「この元鐘楼を丸ごと魔道具化する」という意図である事を正しく理解して、快諾を出した。新年祭が落ち着き次第取り壊される予定だったのだから、何も問題は無いと。

 まぁその取り壊す予定が決まったのも、イアリアが教会に特許と言う名の金の生る木を提供したからなので、そのイアリアが使う分には問題などある訳が無い。


「対策しておいて良かったわね」


 イアリアが何をやったのか、は、当然、読み取られた意図通り、この「元鐘楼の離れ」を丸ごと、魔道具に作り替えるという事だ。それに用いられたのはイアリア自身の血であり、魔石を混ぜて作られた特殊なインクであり、イアリアが記憶していた、師匠である「永久とわの魔女」ナディネが自身の研究棟に展開していた、防御魔法の構造だった。

 許可のない人間を決して通さない、というところまでの強度を再現するのは不可能だったものの、イアリアは事ここに至るまで散々教会の人間と接してきたし、祈り願う事で齎される奇跡というものも何度も見てきた。

 よって。「創世の女神への負の感情」、あるいは「創世の女神以外への信仰心」。これがあるかどうかを読み取り、弾く。そういう結界を張る事が可能になった訳だ。もちろんその為には、この「元鐘楼の離れ」を、それこそ丸ごと魔道具に変えなければならなかった……すなわち、魔道具としては非常に大型になってしまったのだが。


「ようイアリア、ぅお!?」

「どうしたイエンス……って、こりゃまた」

「やるって事そのものは聞いてたけど、何かすごいね……」


 具体的には、「元鐘楼の離れ」の内側は、階段まで含めて、びっしりと黒いインクで魔法式が書き込まれる事となった。魔法式は魔法使い以外には意味不明な記号の羅列に見えるらしいので、許可を得てすぐ取り掛かって、ギリギリのタイミングで完成を間に合わせた、というスピード改装だった以上は、不意打ちで異様な光景を見る事になる。

 実際、すっかり瞳の黄金色を隠さなかったイエンスがのけぞっていたし、その様子を見た元冒険者仲間の現守護騎士は、その左右から覗き込んで納得の声を出している。

 まぁ、階層というか改造というか。それをそんな突貫工事で間に合わせたというのは、イアリアにとっても相応の無理だ。


「あぁ、魔薬ね。持ってくるわ……あふ」

「あれ? イアリア、眠い?」

「もしかして徹夜か?」

「まぁね……でも、間に合って無ければ、大惨事もあり得たでしょう?」

「今の状況見るとそうかなー」

「ゆっくり休んでくれ、ともまだ言えないからなぁ」


 なので、その無理をしたイアリアは欠伸をかみ殺していたし、だからといって休める状況じゃないのは守護騎士の2人も分かっている。

 の、だが。


「…………。なぁ、イアリア」

「何?」

「これ、なん……いや、魔力の流れ、何かおかしくないか?」


 最初にのけぞってから黙っていたイエンスが、そんな事を言って首を傾げた。創世の女神のものと同じ、黄金色の瞳。見た相手の善悪を見抜き、魔力を視覚化する力をもつそれは、魔道具となったこの「元鐘楼の離れ」における、魔力の流れすらも可視化出来たようだ。


「どういう事?」

「こう……一回下に行って、そんで上に行って、そこからまた下に行って……? みたいな……?」

「あぁ、魔法式の関係ね。地面を少し掘らせてもらって、そこに魔石を入れる場所を作ってるのよ。そして鐘楼だったってだけあって、一度鐘のあった場所に魔力を集めた方が効率が良くなるのよね」

「そういうもんなのか?」

「そういうものよ」


 まぁ可視化出来ただけで、その意味が分かった訳ではない。そして「聖人」であっても魔法使いではない以上、完全な理解は難しい。

 それを分かっているイアリアは、簡単な説明をするにとどめて、魔薬を受け渡した。

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