第33話 宝石は想定する

 深夜に飛び込んできた冒険者ギルドの職員に従って、冒険者ギルドの本部に移動したイアリア。そこから数時間程魔薬を作り、流石に夜が明ける前に仮眠を取っておきたいと申し入れ、作業台がある部屋の隅に寝袋を出して眠る事にした。もちろん、周囲には威嚇も兼ねて結界を張る魔道具を置いているし、見せない本命の結界を張る魔道具も起動して、だが。

 屋内とはいえ、鐘が鳴り響いて避難する人々の様々な声が届く上に寝袋だ。熟睡したとは言い切れず、また認識がほぼ敵地であった為に意識して浅い眠りを維持したイアリア。

 結果として、遅い日の出の光が空の向こうに見えるよりずっと早い時間に起床して、簡単に身だしなみを整え、そのまま魔薬を作って納品する作業に戻った。


「それにしても、量が相変わらずとんでもないわね」


 作業に戻り、イアリアの(設備によってちょっと落ちているが)全力ペースで魔薬を作っていても、一向に達成にならない魔薬の数。光属性の魔石を入れてちょっとでも邪神の影響対策をしているのも無くは無いが、動きが最適化された現在、ほぼ誤差だ。

 一応、魔薬の蓋となる紙に細工する事によって位置を追跡しているが、冒険者ギルド本部の倉庫に集められているのは間違いない。そこから先は、細工で追跡できる時間的限界があって分からないが。

 しかし、倉庫の広さにも限界がある筈だ。にもかかわらず、いくら作っても運んでいく動きに淀みがないし、倉庫に並べられる動きも規則正しいと言える。追跡する反応で見る限りは、だが。


「……。無い、わよね?」


 そう考えて、イアリアは1つ、非常に嫌な状況を予想した。口では否定しつつ、そうであれば最悪だ、と、頭は既に「そうであった場合」の対策を練り始めている。

 イアリアは、冒険者ギルドから作成を依頼された傷を癒す魔薬を作るにあたって、そこに光属性の魔石を混ぜている。魔薬とは素材の薬効を引き出し、高め、余分な物をそぎ落として有効な効果を追加したものだ。光属性の魔石そのものを入れた結果、魔薬の属性はやや光に寄っている。

 つまり若干であっても光属性の魔力の影響がある。それは邪神の影響を相殺する効果となる訳で、だからこそ地道にでも効いて来ればいいとイアリアは素材の1つとして追加していた訳だが。


「無いと……流石に、それは無いと、思いたいの、だけれど」


 そして魔力とは、神の力の極小さな欠片である。意思によってのみ操作できる魔力は現実の上書き(再創造)を行う為の力であり、邪神の影響というのは光属性の魔力で相殺できる以上、闇属性の魔力によるものである可能性が非常に高い、とイアリアは推測していた。

 今まさにイアリアがやっているように、物に魔力を与えて追加の効果を持たせる事は可能だ。そういうように魔力を操作すれば良いのだから。という事はつまり――



 冒険者ギルドが、完全に、邪神ないし邪教の手に落ちていた場合。

 イアリアが付与した光属性の魔力、以上の、闇属性の魔力を、倉庫で付与して。

 現場に配っている、と、したら。



 イアリアがやっている事の逆……邪神の影響が、魔薬を使用した人間に、もれなく高い強度で、行き渡る。

 それは現在、王都で何かしようと……恐らくは王都に集まった人々を犠牲として狂魔草の大繁殖を引き起こし、世界を滅ぼす計画の実行を……している邪教にとって、最高の結果だ。

 何しろ、傷を癒す魔薬は最前線で戦う人間は当然として、避難した際に怪我をしたり、避難が間に合わなかったりする人間にも使用される。その魔薬が、傷を癒す効果はそのまま、邪神の影響を与えるものになっていたら。


「…………流石にそんな事をすれば、スタンピードが全く阻止出来ていない筈だわ」


 だがとりあえずイアリアは、魔薬に混ぜる魔石を少し大きく、より密度も高いものにする事にした。

 そしてもしその予想が当たっていても、込めた光属性の魔力が多ければ、それだけ相殺される邪神の影響、推定闇属性の魔力も多くなる。なら、最終的に使用者に与えられる邪神の影響も、より小さくする事が出来るか、相殺し切る事も可能になるかも知れないからだ。

 傷を癒す魔薬としても、光属性の魔力が多くなったところで、光属性は回復の効果と相性が良い。効果が高くなるだけである。……若干、もう少し作り方と材料が大変な魔薬程度の効果が出てしまうかもしれないが、そこは全力で誤魔化そう、と決めるイアリアだった。

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