第18話 宝石は用意する

「2階にある作業台は、基本的に1つの依頼につき1つ貸し出される事になっています。慣例的及び利用者の身体は1つである事、他の利用者との兼ね合いで普段は1ヵ所に留めて頂くようお願いしておりますが、今回は複数の依頼を受注されている上に非常時ですし、現在アリア様以外の利用者はいませんので、問題ありません。お使いください」


 ……と言う事で、晴れて堂々と複数の小部屋を利用し始めたイアリアだ。もちろん忙しいには違いないが、それならそれでやりようがある。具体的には、放置しても構わない手順が挟まるレシピへと切り替えた。

 そんな訳でイアリアはせっせと魔薬を作り続けていた訳だが、一応周囲の様子も聞こえる範囲で聞いている。それによれば、陽が落ちるまでに数度の襲撃があり、その数はさほどではないものの、徐々に頻度が上がってきているようだ。

 休憩を兼ねて夕食を冒険者ギルドの1階で食べている間も、ばたばたとした動きは続いている。今の所防壁や門に取りつかれる前に倒せているようだが、ずっとそのままというのは厳しいようだ。


「(まぁそれは分かっていた事よね)」


 一方、気の早い太陽がすっかり隠れてしまっても変わらない騒がしさの中には、周囲の村の住民が、全員エデュアジーニに避難できた、という良い知らせもあったようだ。

 これで周辺被害を気にせず、という訳にはいかないだろうが、少なくともエデュアジーニが落ちなければ、人命と言う意味では取りこぼさずに済む。また一部の村人たちは、今も毒に苦しむ村人の看病を手伝ってくれているようだ。


「(それに、処理の手間はかかるけれど、魔物のお肉は美味しいものね)」


 何故かは分からないが、通常の動物と比べると、魔物は美味しい。食肉的な意味で。それが向こうからやって来るのが分かっているのだから、食料についての心配はかなり薄い。

 それに急な避難で人数が一気に増えたとはいえ、全くの着の身着のままではない。避難してきた村人たちも、ある程度の保存食を持ち寄っている。元々エデュアジーニにも保管されていた分を合わせれば、決着がつくまでぐらいは耐えられるだろう。

 なので心配するべきは、狂魔草の影響と、襲撃に対する戦力的な問題だ。こればかりは今更どうしようもない。


「(看病の必要が無くなって、狂魔草の回収が完了して、冒険者が全員動けるようになっても、元々の人数が少ないものね。とはいえ流石に、町の周囲に罠を仕掛ける、というのも難しいでしょうし)」


 保存食を加工したもの尽くしの夕食を食べ終え、イアリアは再び冒険者ギルドの2階へと引っ込む。そして夕食を食べる前に火にかけておいた鍋の様子を見て、少しかき混ぜてから火を止めた。

 綺麗な布で濾しとり、瓶を並べて小分けにしていく。大量生産となる単純作業も慣れたもので、イアリアは作業をしながら呟いた。


「それにしても、この分だと、私も戦えるようにしておいた方がいいかしら」


 イアリアには、正直に言うと、魔薬師と言う肩書が詐欺になる程度の戦闘力がある。もちろん本人は魔法使いだった時の戦闘力が基準となっている為にそこまで意識していないのだが。

 魔薬師とは、本来。戦闘から遠い場所で守られ、消耗品の補給を担当する、後方支援職だ。近接戦闘職と同じ位置まで出てきた挙句、防衛兵器並みの火力を個人で叩き出すのは、もっと別の何かである。


「少なくとも、他の人が休憩する時間ぐらいは稼げた方がいいわよね。誰かに頼り切り、というのも、それはそれで落ち着かないものだし……」


 もっとも、過去に小さいとはいえ山1つ吹き飛ばしておきながら、イアリア自身の感覚がなまじ魔法使いとしてのものを引きずっている為に、火力がおかしいという認識は未だ無い。

 その魔法使いとしての感覚すら、魔法と言う個人の感覚に大きく依存した技術を扱うに際し、個人として接し、適性を見極め、本人に向いた方向へ導く先達……「師弟制度」と呼ばれる仕組みにおいて師事した魔法使いが、これまたとびっきりの規格外であった為、一般的なそれとは言い難かったりした。


「……ちゃんと依頼分の納品はするから、大丈夫よね。たぶん」


 そしてこれらの言葉は当然ながら、作業台のある小部屋の中で、深く下ろされたフードの下に零された独り言である。

 それを聞きつけて修正をする誰かが居る訳もなく、またイアリアは、自衛をする為の魔薬とその材料は、しっかりと身に着けた、内部空間拡張機能付きの鞄、マジックバッグに一定の量をストックしていた。


「使わないに越した準備は、用意するだけしておくものよね。この鞄に入れておけば、無駄にはならないんだし」


 かくしてイアリアは。依頼を受けて作っている魔薬の作成作業の合間に、戦闘用の魔薬を作り始めるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る