第17話 宝石は聞く

 カンカンカンカンカン――――という連続した鐘の音が聞こえてきたのは、昇るのが遅い太陽も、ようやく真上までの半分ほどの高さに至った時だった。

 イアリアは納品を終えて次の依頼を受け、冒険者ギルドの2階へ戻って依頼価格で素材を購入していたところだ。手続きをしていた冒険者ギルドの職員も、はっとした顔で外を見る。


「とうとう来たわね。今受けている分の依頼は急ぐわ」

「お、お願いします」


 屋内、それも調合を行うと言う都合上窓が極端に少ない冒険者ギルドの2階でも分厚い雨の日用のマントを脱ぐ事は無く、フードもしっかりと下ろして顔を隠しているイアリア。その下からぼそりと呟かれた言葉に、それでも青い顔をしていた冒険者ギルドの職員は止めてしまった手を動かした。

 素材を受け取り、小部屋へ移動するイアリア。その間も鐘の音は鳴り続けている。今頃、耐久度を上げる塗料を塗り直された門が、大急ぎで閉められて閂を掛けられているのだろう。

 何故ならこの鐘の音は、緊急時のもの……すなわち、魔物による、町への襲撃を知らせるものだからだ。誰もが予想し、阻止しようとしている、スタンピード――その、始まりである。


「……興奮した魔物相手では、魔物避けの魔薬の効果は落ちる。それぐらいは、冒険者なら分かっているでしょうけど」


 まさに今作っている魔薬について、小部屋に入って手を動かしながらイアリアは呟く。まぁ効果が落ちると言っても全く効果が無くなる訳ではないので、使う場所を選べば十分役に立つ。

 ただ、現在魔物避けの魔薬を使っているのは、狂魔草を探して回収する冒険者達だ。そして狂魔草は、魔物を狂わせる原因である。


「流石に、しっかり調薬して安定させた魔薬の効果まで捻じ曲げるとは思えないけれど。それに今の所、蕾が膨らんだ狂魔草は、村人が持ち帰って、暖かい屋内に置いてあったものだけの筈なのだし」


 何故魔物が村を襲撃したか、という理由については、これが原因だった。イアリアも特定の時期しか咲かない花を手に入れる為、蕾の植物を持ち帰り、暖かい部屋に置く事で咲かせたことがあるのでそこに疑問は無い。

 だから、屋外にあって、まだ雪や茂みの下に隠れている狂魔草は、花芽が固く閉じられたままの筈だ。その状態なら、まだ周囲への影響は少ない。

 そして現在、多少寒さが緩んできたとはいえ、まだまだ分厚く雪が降り積もっている。その状態で、素手で外を歩く冒険者はいない。分厚く水を通さない手袋をしているのなら、狂魔草を触っても大丈夫だ。


「……まぁそれでも、全く周囲への影響が出ないとは言わないし。そもそも、村人の大移動をしたことで、ある意味ここへ魔物をおびき寄せているようなものではあるのだけど」


 狂魔草の毒に倒れた村人がエデュアジーニに担ぎ込まれてから、可能な限り素早く避難は進められている。しかしそれは、移動の痕跡が辿りやすくなるという事でもあった。

 花こそ咲いていないとはいえ、冬が明けるまで間近というタイミングだ。長い眠りと沈黙から目覚め、森に棲む命たちが動き出す時期。眠るにも息を潜めるにも、体力が必要だ。だから、大半の獣は空腹だろう。

 そんな時期なら、魔物を呼び寄せるには、蕾で十分だ。そして一度呼び寄せられ、そこに居た毒で弱っている人間を襲い、その味を覚えてしまえば……。


「だからこそ、こうやって早々に籠城をしているのだけれど」


 魔物避けの魔薬を箱に詰め、持ち上げる。まだまだ作るべき魔薬はあって、残り時間はさほどない。魔物による襲撃は、最初の内はすぐに撃退できる数であっても、その内手が足りなくなるだろう。

 まだ狂魔草を食べてしまって毒に苦しんでいる村人は多い為、その看病をする分だけ更に手を取られている。そして、周囲に生えている狂魔草を、全て回収し尽くせた、とは、言えないのだ。


「毒さえ何とかなってしまえば、看病に回していた人手が他の場所に回せるし、村人とは言え、何かしらできる事はあるわよね。と言う事は、そこまで何とか、防壁を持たせなければいけないのだけれど」


 小部屋を出て、箱を抱えて1階に降りるイアリア。そこでは変わらず、どころかより一層ばたばたと忙しく人が動いていた。もう鐘の音は聞こえないが、とりあえず一旦は撃退できたという事だろう。

 カウンターに持って行って納品依頼を完了し、次の依頼を確認する。……そこに、思った通り傷を癒す魔薬の納品依頼が並んでいるのを確認し、イアリアはその依頼を提示した冒険者ギルドの職員に、こんな確認を取った。


「魔薬を作るのはいいのだけど、量が量でしょう。出来るだけ無駄なく動くようにはしているけど、やっぱり無駄な時間が出来てしまうわ。――効率を上げる為に、1人で複数の作業台を使っても構わないかしら?」

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