第6話 宝石は相談する
流石に大聖堂程では無いものの、比較対象がそうなる程度に王都の教会は大きかった。孤児院が併設されているらしく、教会の門をくぐって建物に入るまでの間に、子供達の賑やかな声が聞こえてくる。
そして教会の建物に入ってイアリアが自分の正体と目的を告げると、歓迎の姿勢で急いで奥に通された。その通路の途中で、何度か強い光を発生させる魔道具を使っていた為、イアリアも(満足の意味で)にっこりだ。
流石に魔石生みという事は知られていないが、イアリアは魔石をたくさん持って移動する事が出来るという風に形を変えて伝えられている。だから最終確認を兼ねた光属性の魔石の譲渡はサクッと済ませて、イアリアの方から王都での動きはどんな感じかと聞いてみると。
「一般の人々には既に影響が出ているようです。冒険者の方々も、やや影響を受け始めている、と言ったところでしょうか。冒険者ギルドの方には、教会からも警告を届けているのですが……」
「でしょうね。ここに来る前に冒険者ギルドに立ち寄って、流れでギルドマスターのところまで案内されたけど、光で視界が効かない中で襲撃されたわ」
「な……!?」
もちろんそんな状態で、ちゃんと「味方」だと判断した相手に情報を共有する事は怠るイアリアではない。もちろんその「襲撃」が「試し」の類であったのだろうという推測は説明したが、当然冒険者ギルドのギルドマスターが「冒険者アリアを舐めてかかった」という事も説明する。
あぁ……と祈りの姿勢を取った神官だったが、それでもその判断はイアリアと同じだったらしい。つまり、冒険者ギルドは当てにならない、だ。当然だろう。何せイアリアはちゃんと、その「流れ」の最初が邪神の影響を受けたギルド職員の案内であり、その影響を解除したからだと説明している。すなわち、よろしくない影響があるのを分かっていて敢えて放置している、という事を。
「……確かに、冒険者は自由のみを自身の上に置く人々です。そんな人々を守る冒険者ギルドも、また同様。故に、国も教会も、きっとその区別は無いのでしょう。自分達以外の組織である、という一点において、それは間違いではないのもまた事実ですし」
「だからと言って、邪教とその信者を舐めてかかるのは別の問題だと思うの。……ま、自由と責任は表裏一体。自由を行使した結果ぐらいは、自分達で何とかしてもらいましょう」
ともあれ、方向性を決める結論としてはそういう事だ。全てが終わった後に冒険者ギルドがどうなっているか等分からないし、その時イアリアや教会が無事だとも限らない。冒険者の大原則である、自己責任、である。
で、決めてしまえば冒険者ギルドについてはそれまでだ。状況の確認と急ぎの前提条件となる意思決定が済めば、そこからは相談の時間である。
「とりあえず今の所、大きな混乱は起こっていないのね?」
「はい。もっとも、無事かと言うとかなり疑問ですね。影響を受けた範囲が広がっていくのに合わせて、怒鳴り合いや喧嘩が増えているようです」
「その内、血を見るようになるでしょうね。要するに我慢が効かなくなってる事でしょうし」
邪神が好むのは、自分の欲を叶える為の祈りだ。それを増やす為には、人の欲望を増幅させればいい。それで王都に混乱が起こるのであれば、何かを企んでいる邪教の関係者も動きやすくなるだろう。いつも通りの状態であれば判明した違和感も、騒動が日常になっている中だと見逃してしまう事もあるだろう。
実際、王都の警備をする人間は毎日頻発する騒動に駆り出されていて、既に例年以上に忙しいらしい。新年祭を目当てに人が集まる時期だから、ある程度は備えていただろうが、それでももうほぼ手一杯状態なのだそうだ。
当然ながら、新年祭に向けてさらに人は増えていく。本来ならまだ余裕がある筈の時期でこれ、となると、本来でも忙しい時期となればどうなるか。
「例年通りなら、冒険者にも治安維持の依頼が出る筈なのですが」
「影響を受けていないと言い切れないから、実際はむしろ混乱を加速させるだけ、という可能性もありそうね。それこそ、大通りの地面を光らせ続けるぐらいはする必要がありそうだわ」
「お、大通りを?」
「えぇ。だってそこが一番人の行き来が多いし、王都の中心に近いでしょう? 重要な場所だし、邪教の何かを潰す為には、そこを光らせるのが一番良く効きそうじゃない?」
「……確かに。しかし、光らせるとなると難しいですね……」
少なくともイアリアと、イアリアから話を聞いたこの神官は、冒険者ギルドは戦力に数えていない。だからイアリアもある種思い切った発想を出した訳だが、それを割と本気で検討する神官も神官である。
ただ、難しい、という言葉の次に呟かれたのは、祝福をかけるだけなら、教会も見回りをするという体で行えますが……。という内容だった。それに首を傾げるイアリア。
「祝福って何?」
「おや、ご存じないのですか? 祝福は、神官の祈りによって神の力を齎して頂く、もっとも簡易の奇跡です。神官なら誰でもできます。そうですね、例えばこのコップでも……」
神官はそう説明すると、コップを自分の正面に持ってきて祈りの姿勢を取って何か呟いた。恐らくは聖句か祈りの言葉だろうそれが終わると、ふわりとわずかにコップが光る。
その現象を、イアリアはちゃんと見ていた。祝福、と呼ばれているそれが何なのか、しっかり看破できる程度に。
「……。祝福なら、大通りにかけられるのね?」
「えぇ。大通りだけでなく、もう少し細かい通りまで可能です。祈りながら歩いて行くだけですので」
「やりましょう。私に出来る事があるなら何でもやるわ」
だからこそ、即答した。ちょっと神官が驚いていたが、それも意に介さない程に。
何故ならその祝福と呼ばれている現象は、
効果そのものは非常にささやかなものだが、先程祝福を施されたコップにはまだ魔法が働いている。つまり、しばらく維持される。
すなわち、今の、邪教と邪神の思惑を、正面から妨害する事が出来る手段だ、と言う事だ。
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