第4話 宝石は部屋を出る
ほとんど反射的に扉を閉めたところで、ようやくイアリアは声掛けどころかノックの1つもしていない事に気が付いた。
が、同時に、そのことをあまり悪いと思えない程度には顔も名前も知らないギルドマスターに対する印象が、こう、落ちているというか下がっているというか。良いとは逆の方向に変化しているのも確かだった。だからイアリアはしばらく考えて……。
……考えた分だけの間を置いて、改めて扉を軽く叩いた。そう、無かったことにしたのだ。もちろんギルドマスターがどう受け取るかは別の話だが。
「冒険者のアリアです。案内されてきましたが、目的地はこの部屋でいいのでしょうか」
「――――あぁ、いいよ。入ってくれ。ただ少し眩しいから気を付けて」
……今、噴き出したわね。と、イアリアは内心で思ったし、あれが「少し」? とも思ったが、相手は推定ギルドマスターだ。大人しく外開きの扉を開き直すイアリア。
当然その向こうには何も見えなくなる程の光があるし、扉を開ければ思いっきりそれを浴びる事になる。イアリアが自作した光を軽減して目を守る魔道具を使ってもなお何も見えない程の光の中に、しかし今度は素直に足を踏み込んだ。
扉のすぐ内側に入った、と思われるところで足を止める。手を離した扉は勝手にしまった。パタン、と、さっきイアリアが閉めた時と同じ音が鳴る。これで前後も分からなくなった訳だが……。
「っ!?」
瞬間。
イアリアは左から何かが飛んできたことに気付き――反射的に、強力な催涙ガスが発生する小瓶を投げ打っていた。
「うおっ!?」
「うわ」
同時に前転して自分はその範囲から抜けると同時にガスを防ぐ魔道具を起動。流れるように次の魔薬の小瓶を両手で抜き、何も見えない中で僅かに聞こえた足音の方と、自分の真後ろへと投げ打った。
それはどちらも強い風を起こすものだったが、真後ろへ投げたのは強い突風を発生させるもので、足音の方へ投げたのは小さな渦を起こすものだ。真後ろは当然扉を開く為のもの、そして足音の方は、催涙ガスを集めて濃度を上げる事で、皮膚から吸収させる為のものだ。
ガシャン、と小瓶が割れる音は、続いた風の音にかき消された。もちろんイアリアはそのまま後ろに跳んで部屋から出ようとして
「はい、そこまでー」
バン! と開いたはずの扉が閉じる音と同時に、正面からそんな声が聞こえて
その声を完全に無視して、身体強化の魔道具を発動し、扉に蹴りを入れていた。
バキィ! と木が割れる音がしたが、とりあえず扉は開いたので、イアリアは部屋の外に出る。そして右に移動して、強すぎる光の範囲の外に出た。
そこでようやく物が見えるようになる。……のだが、そこに見えたのは、冒険者らしき人物が倒れている、という光景だった。そう、何かに吹き飛ばされ、扉の向かいの壁に叩きつけられた感じで。
ついでに、大きな扉も重厚そうな見た目だったにも関わらず、大きな罅が入って割れそうになっている。というかイアリアが見る限り、どうやら見た目だけの木で出来た扉だったようだ。
そして部屋の中で何かしたのか、強すぎる光がふっと消えた。光の向こうに見えたのは、こちらは完全に上下半分に割れている扉と、その先にある壁の大きな凹み。そしてその下に倒れる、これも冒険者らしき人間。
「あー、冒険者アリア。君の実力と行動基準は分かったから、部屋に入りなさい」
恐らくは実力を試す事だったのだろう、と思うし、それを仕組んだのはギルドマスターで間違いない。何なら扉に被害が出る前提で、壊れても問題ない扉に変えていた可能性まである。
なおかつ、イアリアが扉に入ってすぐ2人も冒険者が駆けつけて扉を閉めた、何なら外から押さえていたという事は、ほぼ確定で良いだろう。そしてそれらは恐らく、邪教の関係者であるという可能性を考えての事だ。
まぁそれはそうだ。邪神の影響の排除。それが自作自演でないという保証は、どこにもないのだから。……というところまで、しっかり推測、理解したイアリアは。
「嫌よ。襲撃をかけてきたのはそっちでしょう。正直今すぐ冒険者を止めて行方を晦ましたいのだけど」
きっぱり、と、部屋に向かってそう告げた。もちろん、混じりけ無しの本気である。何しろイアリアは、強制される事が嫌いだし、こういう事を冗談と言ってのける人間は心の底から軽蔑する。
「寸止めするつもりだったなんて寝言を言うなら、今すぐ部屋ごと吹き飛ばすわよ。あの光の中で手加減なんて、人間である以上は絶対に不可能でしょう」
「……あれ、おかしいな。冒険者ギルドに協力的な冒険者だって報告が上がってたんだけど」
「へえ。ギルドマスター様は、協力的という言葉を言いなりだと受け取る感性をしているのね。反吐が出るわ」
間違いなく最初からこの「試し」をするつもりだった。なおかつ今の呟きからして、「冒険者アリア」を舐めている。
ギルドマスターであろうと、そんな相手を前に、礼儀を払うようなイアリアではなかった。
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