第4話 宝石は動いてみる

 どうやらイアリアの知識はそう間違った物では無かったらしく、特に「井戸に見立ててくみ上げる」という回収方法がついてきたのは女性職員、もとい、冒険者ギルドとしてはかなりありがたい情報だったらしい。結局その日は依頼を受けずに宿で休んだイアリアが翌日冒険者ギルドに顔を出してみると、結構な額の報酬が支払われる事になった。

 そしてその場で「燃える水」こと「火の山の涙」に対する解毒の魔薬が無いかと聞かれたが、これには無いと返すしかないイアリア。流石にどうして毒になるのかが分からなければ、解毒の薬は作れないからだ。


「となるとー、対策のしようがありませんねー」

「かなり念入りに近寄らないよう警告が書いてあったから、きっと近寄る事自体がダメなのよ」

「なるほどー。それしかありませんかー」


 どうやらさっそく「火の山の涙」の回収に取り掛かろうとしているようだ。と、判断したイアリア。そういう前提で依頼票の群れを見てみれば、昨日よりも傷を癒す魔薬や、暗闇における視力が良くなる魔薬の納品依頼が増えている。

 これなら出来る、とそれらの依頼票を剥がしてカウンターに持って行くイアリア。鉱山都市でも冒険者ギルドの構造は変わらないようで、依頼をうけた流れのまま2階へと案内された。

 依頼限定の素材を購入できるシステムも共通だったらしく、イアリアは依頼価格で素材を買い込んで魔薬の作成に入った。もちろん、効果に劇的な違いが出ない程度に魔石を混ぜ込んでいく。


(「火の山の涙」は魔薬の材料には……ならない事も無いけど、危険物にしかならないのよね。勝手にやってくれるならそれが一番だわ)


 危険物、主にとても威力の高い爆薬の類は食傷気味のイアリア。主に以前、結構大きな盗賊のアジトを潰すときに、うっかりとやり過ぎて一撃で壊滅させてしまった件で。

 すっかり手慣れた傷を癒す魔薬の作成はもちろん、暗闇における視力が良くなる魔薬の作成難易度もそれほどではない。暗闇を見通せるとかならともかく、そもそも効果がそこまで高い物ではない。

 さくさくと魔薬を作成し、納品。報酬を受け取る。相変わらず割のいい仕事だと思いながら報酬をそのまま貯金に回すイアリア。


「アリア様はー、お祭りに行かないんですかー?」

「人混みが苦手なのよ」

「なるほどー。……それならー、職人通りに行ってみると良いかも知れませんねー。もちろん人がいない訳では無いんですけどー、屋台がほとんど無くて、職人の作品が並んでいるのでー、玄人向けや専門職向けですー」

「……確かに、それはちょっと心惹かれるわね」

「ディラージは金属製品で有名ですけどー、ガラス製品も良質なものが揃っておりますよー?」

「やだ、この職員的確に好みのツボをおしてくるわ」

「誉め言葉ですねー」


 その手続きをするところでそんな事を言われ、イアリアは貯金を取りやめた。若干謎の悔しさはあるが、そのまま職人通りの位置を地図で確認し、報酬を持ってそちらへと移動する。

 豊穣祭は、丸1ヶ月に及ぶ盛大な祭りだ。本来は豊穣を祝い、冬を無事に乗り切れるよう祈願するものだったらしいが、鉱山都市の名前で有名になってからは、王国国内だけではなく、他国からも客が訪れると言う事で、大変と賑わっている。

 人混みを抜ける事自体はそこまで難しい事では無い。が、人混みというものの中には得てして良くない人間が混ざっているものだ。ただでさえ貴重極まる魔道具……内部空間拡張機能付きの鞄、マジックバッグを持っている上に、イアリアの魔薬は危険な物も多く、現在は魔力の探知機をパスする為の木の札をマントの外側に着けている。


(おまけに、私自身はそんなに素早い方ではないのだし。人混みの中だと警戒には限界があるのよね。……だから妙なのが混ざるのだろうけれど)


 なので人混みが苦手なイアリアだった。……良いのか悪いのか、格好が怪しさ極まりないにも関わらず、ベゼニーカと違って人がさほど避けて行かない。それもあって余計に歩きにくいと感じるイアリア。

 ディラージはその名の通り、鉱山「都市」だ。通りを1本移動するだけでも相当歩かねばならず、ようやく人混みを抜けた所で、イアリアは既にだいぶ疲れていた。


「街の中で乗合馬車が欲しくなるとは思わなかったわ……。この人出では、馬車なんて動かせる訳が無いでしょうけど……」


 ちなみに、普段であれば大きい通りでは街の中を移動する為の馬車が走っていたりする。現在その馬車が動いていないのは、もちろん豊穣祭で物凄い数の人が集まってきて、馬車を動かすには危険だからだ。

 付け加えるならば、イアリアが身に着けている木の札はもちろん魔道具だ。だが、これは冒険者ギルドに所属していなければ貸与されない上に、その貸与が許可される基準が非常に高い。

 つまり、木の札を身に着ける事が出来るという時点で冒険者ギルドから人格・実績共にお墨付きが与えられているようなものであり、そんな人物に手を出す事は、主に廃坑のモンスターを駆除する為の人手を回してくれる冒険者ギルドに喧嘩を売る事とほぼ同義だ。


「さて、職人通りは……嘘でしょう。まだ2本も通りを抜けないといけないの?」


 そして、ディラージでもっとも力を持っているのは、金属加工を行う職人たちであり、職人たちと冒険者ギルドは堅固な信頼関係を築いている。

 だから木の札を身に着けている時点で、イアリアにちょっかいを掛けようと思う厄介者はいないし、居たとしても実行する前に周囲に止められるだろう。もちろんその方法は力づくも含む。

 ディラージにおいて、細かいごたごたを丸ごと無視できる最強の護符とも言える、見た目はシンプルな木の札。……もちろん、あんな風に何気なく渡されたイアリアが、そんな事を知る訳もない。

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