第3話 宝石は聞かれる

「……流石鉱山都市。依頼の種類も一味違うわね」


 無事に護送依頼を終えて、そのまま冒険者ギルドで解散したカリアリからの冒険者達。現在ディラージでは豊穣祭……今年の実りを感謝し、これから訪れる冬を無事に乗り切れるよう祈願する祭りの真っ最中、という事で、大半の冒険者はそのまま街に繰り出していった。

 恐らく依頼の報酬をそのまま使って祭りを楽しむのだろう冒険者達を見送り、イアリアはとりあえず冒険者ギルドのおすすめの宿を聞いて、そこに部屋を取った。そのまま戻ってきて張り出してある依頼を眺め、先程の呟きとなる訳だ。

 と、いうのも。今までの冒険者ギルドでは、一番多いのは様々な素材の納品依頼で、次点が魔物……魔力を持つという変異を起こした動物の討伐依頼だった。だが、ディラージにおける冒険者ギルドに寄せられる依頼で、一番多いのは、というと。


「流石に採掘の心得は無いし、どうしようかしら……」


 鉱山都市、の名の通り、ディラージは鉱脈を抱える山に面し、いくつもの採掘トンネルを保有している。その中の何割かは廃坑となっている訳だが、どういう理由なのか、廃坑となったトンネルには、魔物が出現しやすい。

 つまり、主に岩石がひとりでに動き出す、ゴーレムという形の魔物。その討伐依頼が一番多く、次点はそのゴーレムから採れる特殊な鉱石の納品依頼となっているようだ。すなわち、イアリアの専門外である。

 もちろんやって出来なくは無いだろうが、そもそも閉鎖空間での戦闘というものをイアリアは経験したことが無い。うっそうと茂った森ともまた違う環境でうまく動けるとは思えず、結果、イアリアは依頼票の前でそこそこ悩むこととなった。


「あ、そうでしたー。アリア様ー。何か魔道具をお持ちではありませんかー?」

「? ……えぇまぁ、持っているけれど」


 で、悩んでいると、依頼受注・報告のカウンターでのんびりと暇そうにしていた冒険者ギルドの女性職員から、そんな声がかかった。屋内でも変わらず雨の日用のマントに全身を隠し、フードを下ろしている姿に、早くも慣れたらしい。

 イアリアは一応振り返ってそう返事をしたが、何故そんな確認をされたかは分からない。そんな視線を向ける先で、女性職員はごそごそとカウンターの裏で何かを探り、札の様なものを取り出した。


「こちらですねー。魔道具をお持ちの冒険者様にはー、ぱっと見て分かる場所へと提示をお願いしているんですー」

「……魔道具、携帯証……?」

「はいー。ほらー、この街は魔力に敏感なのでー。それなり以上に有名な冒険者様はー、魔道具をお持ちの事が多いんですよー」

「…………。あぁ、なるほど。確かに、外から来た冒険者がほいほいと探知機に引っ掛かりまくっていては、誰にとっても迷惑だものね」

「そういう事なんですよー。なのでー、出来れば提示をお願いしているんですー」


 イアリアがカウンターに近寄って、見た目同様のんびりした喋り方で受けた説明によれば、要するにこの木の札は魔力の探知機を誤魔化す、もとい、探知機に例外処理をさせて警報を鳴らさせないためのものらしい。と言う事は、間違いなくこのただの木の札に見えるこれ自体も魔道具なのだろう。

 もちろんどうやって探知機に引っ掛からずに過ごすかを考えていたイアリアにとっては渡りに船だ。木の札は裏に髪留めの様な留め具が付いていることを確認して、その場でマントの上から左肩に当たる場所へとつけて見せた。


「ところでー、アリア様ー。魔薬なのですがー、「燃える水」という言葉に心当たりはございますでしょうかー?」

「魔薬で、「燃える水」? ……依頼票に混ざっていた「火薬水」の事かしら?」

「以前はそうだったのですがー、どうやら違ったらしいんですよー」


 そしてカウンターに来たからには、何か依頼を振られるのは既に予定調和だ。というか恐らく、この木の札だってレンタル料がかかるのだろう。そしてそれは現金ではなく、何かの依頼を受けた対価限定という可能性がある。

 恐らくこの依頼がそうなのだろう、と内心で納得するイアリアがそのまま聞いたところによると、どうやら廃坑になる主な理由の1つとして、浸水があるのだそうだ。これはよくある事らしい。

 なのだが、その内のいくつかが「燃える水」なのでは、という話になっているらしい。女性職員もよく分かっていないらしいのだが、昔からこの鉱山都市で腕を振るってきた鍛冶師達によれば、それは薪を凌ぐ圧倒的に上質な燃料となるという話だった。


「とは言えー、鍛冶師の皆様も、その回収方法や性質まではわす……失伝してしまったらしくー。調べることもままならないんですよー」

「あぁ、それで魔薬師である私に話が来たのね」

「はいー。断片的な情報でも構わないのですがー。何かご存知ではありませんかー?」


 忘れた、と言いかけた女性職員には突っ込まず、イアリアは自身の知識を探る。魔薬師になる為に必要なのは、紙に書いた文章にすれば人を殴り殺せる程度の知識量だ。魔薬師としての腕前が高いという事は、その知識の量が多いという事とほぼイコールである。

 その理由は逃げ出してきた魔法使いを育てる学園で、ありったけの知識を詰め込めるだけ詰め込んで来たからなのだが、それはさておき。「燃える水」という単語自体には心当たりがなかったイアリア。

 では、石炭以上の上質な燃料、もしくは、古い時代に活用されていたもの、という方面からではどうか、というと。


「……あれかしら。私も、それこそ壊れていないのが不思議な程古い本で読んだだけだから、かなり曖昧になるのだけれど」

「手掛かり皆無ですからねー。記憶の呼び水になればいいなというのもありますー」


 どうやら引っ掛かるものがあったようだ。それでも一応念を押したのだが、女性職員からはもろ手を挙げて歓迎する姿勢が返って来た。本当に困っていたらしい。それが、「燃える水」なのか、それとも「燃える水」に執着している誰かなのかは知らないが。

 ともかく、と。木の札の対価であるなら曖昧な知識の1つぐらい喜んで支払おう、という気分のイアリアは、引っ掛かった知識をそのまま伝える事にした。


「確かその本での呼び名は、「火の山の涙」だったわ。水のように見えるけれど、実際は形が変わっただけの火だと定義がされていて、真っ当な生き物にとっては近付くだけで毒とされていたわね。だから、バケツを持った人形に回収させるか、トンネルを井戸に見立ててくみ上げるか……とにかく、少なくとも人間は近寄ったら最悪そのまま死ぬ程度の危険物だった筈よ」

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