第18話 宝石は魔薬を作る

 そうして。

 無事、とは少々言い辛いが、イアリアは予定通り、王都エルリスタをぐるりと大回りするように移動して、再び東門から戻って来た。そこからは、ひたすら魔薬の調合をする時間だ。

 イアリアが現在一番量を作っているのは閃光を発する魔薬だが、もちろん傷を癒す魔薬も作っているし、瞬間的に動きを止める為の、接着剤のような魔薬も作っている。それらを入れる容器は、夜の間にジョシアに連絡を入れて、転移魔法で送ってもらっていた。

 まぁその魔薬の大半はイアリアの持つ内部容量拡張機能付きの鞄マジックバッグの中に収められるし、その内容量はイアリアがちらっと「師匠が手を加えてくれたのよね」と呟いておいてあるので、今の所転移魔法が使える魔道具の存在は公になっていない。


「(流石に、転移を防ぐ魔法が大事な場所に張り巡らされてからでないと、色々危な過ぎるわ……)」


 この転移魔法が使える魔道具を作ったのは、危険な組織筆頭とも言える邪教だった訳だが。そもそも魔法使いとは大前提として、身の内に持って生まれた魔力の量だけしか魔法を使えない。そして転移と言う魔法、現実の上書きをするには、膨大な魔力が必要だ。

 魔力に制限がない魔法使いは、属霊と契約している。だが魔法使いが魔石生みに変わるというレアケース。これは、属霊が邪神の影響を受けた事が遠因であると判明している。よって、邪神を祭り崇める邪教の関係者は、属霊と契約していても、魔石生みにしかなれない可能性が高い。

 よって無限に魔石を生み出せる魔石生みを抱えていたとしても、転移魔法が使える魔道具を作れたとしても、乱用は出来ないと見ていい。何故なら魔石は携行性に問題があるし、魔石生みは邪教からしても希少な人材だろう。最前線まで連れてくる可能性など、まずもって無い。


「(まぁ大聖堂は師匠達が対策してくれているでしょうし、王城は教皇様が連絡を入れて、必要な性質の結界を追加するように忠告している筈)」


 問題は、教会と言う組織の長である教皇から言われたとしても、実用不可能と言われた転移魔法への防御を、王城に控えている魔法使い達が素直に信じて追加するかどうかだが……流石にそこは、王命なり何なりで、強制的にでも追加されていると思いたいイアリアだった。

 というか、イアリア自身もしっかりこっそり、今いる王都の教会の敷地内に魔道具を設置し、自分と兄弟子、師匠以外の魔力による転移を阻止する魔法を展開している。この教会に何かしらの危険物を放り込む、と言った形で攻撃された場合、どうしようも無いからだ。

 そこまでするか、というのは、既に神官が襲われているという時点で、十分あり得るとしか言いようがない。もちろんその魔道具も光属性を基本として、これでもかと魔石を使った贅沢な仕様だが。


「(何かしらの防御が張られている、と分かったところで、まさかその魔道具が、何の変哲もない木箱の形をしているとは思わないでしょうし)」


 なおその木箱型の魔道具は、イアリアが滞在して、今も魔薬の調合をしている部屋の片隅にある。しれっと荷物入れですよと言う空気で鎮座しているが、中身はイアリアが座標指定で作り出した魔石で埋まり、内側の面にびっしりと魔法式が彫りこまれた、れっきとした魔道具である。

 使われているのはもちろんマナの木であり、イアリアは茶渋を使って木箱の外側を汚し、古びた木箱に偽装していた。魔石の投入は空間的な座標の指定で出来るので、しっかり蓋も閉められているし、その上には何枚かの、手ぬぐいとして使う布が乗せてあった。

 なおちゃんと、教会が保有する、遠距離連絡を可能とする魔道具は対象外としている為、教会関係者もそんな防御魔法が展開されている事には気づいていない。むしろどちらかというと、邪教の関係者の方が先に気付いている可能性まである。


「(ま、少なくとも見回りに出ている人が身に着けている、光属性の魔法を発動する為の魔道具。その効果切れは、分かるようだし。それなら、何かの魔法が発動している、という事ぐらいは、察知できて当然よね)」


 魔力とは、創世の女神の力である。もちろん人間が扱えるそれは、欠片も欠片、女神からすれば認識も出来ないようなものであり、それは邪神からしても同様だろう。何しろ邪神の元は、女神が創った器と、そこに満ちた、悪しき祈りによる悪しき力なのだから。

 ……とはいえ、だ。邪神と創世の女神を比較した場合、やはり先に力が尽きるのは邪神である、と、イアリアは判断している。何しろ、元が違うのだ。イアリアは師匠である「永久とわの魔女」ナディネから、女神は自身と、自身に仕える4体の聖獣、その一部から悪しき力の器を作ったと聞いている。

 一部というのがどれほどかは分からないが、少なくとも半身や手足の1本程ではないだろう。それならそうと、具体的な単位が出て来る筈だからだ。そうではなかった、と言う事は、それ以下である、という事になる。


「(……若干、不安ではあるけれど)」


 手足の1本でも、一部は一部。間違ってはいないので、イアリアは若干、自身の師匠の感覚に不安を覚えたが、どうせ実際の所は分からない。

 それに、邪神が何もせずとも創世の女神と対等かそれに近い力を振るえるなら、その邪神を奉ずる邪教というのは、ここまでコソコソする必要はない筈だ。潜み、隠れ、工作をする。その時点で、正面からの衝突……純粋な力をぶつけ合う勝負だと不利である、と、自身で証明しているに等しい。

 だから、防御する事でも相手を削る事が可能になる訳だ。……と、イアリアは気合を入れ直し、魔薬作りへと集中する事にした。

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