第19話 宝石は納品する

 イアリアが様々な魔薬を作っている間も、時間は刻々と経過している。それはつまり、王都の新年祭を目当てにやってくる人々も順調に到着してきて、王都に滞在する人間の数が増えているという事だ。そしてそうした人々は、物見遊山の一環として、王都の教会にやってくる。

 一定ランク以上で信用のある冒険者も治安維持に駆り出され、それでもなお手は足りておらず、王都のあちこちで騒ぎが頻発するようになった。そうなれば当然怪我人も増えるし、その治療も必要だ。


「この依頼は持ち込みの魔薬でも問題ないのかしら?」

「え、あ、はい。大丈夫です」

「ちょっと数が多いのだけれど、奥に案内してもらえる?」

「えっとー……あっ!? わ、分かりました!」


 そのタイミングで、イアリアはしっかりと複数の意味で武装して、冒険者ギルドの本部を訪れていた。とはいえ、その目的は、傷を癒す魔薬の納品だ。もちろん一般市民のパニックを防ぐ為と、万が一があった時の備えとなる為の供給である。

 魔薬の納品依頼(納品数は任意)の依頼票を持ってカウンターにやってきたイアリアに、ちょっと顔を引きつらせていたギルド職員。恐らく新人なのだろう彼女は、イアリアが見せた「冒険者アリア」の冒険者カードを見ると顔を輝かせた。

 そのままささっと奥にある、大きめの部屋に案内される。そしてそこに設置されてあった大きな机、その上一杯に、イアリアは傷を癒す魔薬を並べて見せた。


「ま、この程度だと、気休めにもならないでしょうけど」

「いえいえ助かります。ちなみにアリア様、この後のご予定などは」

「悪いけど、教会の方に滞在しているのよ。だから忙しくなってきた今、私も色々手伝う事が多いのよね」

「あぁー、なるほど、それはまぁ……」


 ごにょっと言葉を濁したギルド職員だったが、それ以上の追及は無く、およそ2百本の傷を癒す魔薬の納品手続きに入った。が、イアリアはそれを止める。


「え? ですが」

「でも、足りないでしょう? 大丈夫よ。この鞄、見た目よりずっと入るの」


 そして別の職員を呼んでもらい、机の上の魔薬を木箱に詰めてもらって、そこに再び魔薬を並べる。これを、あと4回繰り返した。

 2回目までは驚いていたギルド職員達だが、それ以降はどうやら考えないようにしたらしく、そこからは黙々と魔薬を運び出していった。当たり前だが、個人で作れる量ではない。


「とりあえず、これなら一瞬は持つんじゃないかしら」

「出来れば年明けまで持たせたいですね」


 そんな会話をして以来の手続きを終え、報酬を受け取ったイアリアは冒険者ギルドの本部を後にした。そのまま、まさに今の時期、最高に混んでいる状態の屋台通りへと移動した。

 新年祭を目当てに集まった人々だが、その新年祭に出店する側も大変気合が入っている。そこを意外と目立たずするすると移動していきながら、イアリアはとある屋台の前で足を止めた。

 それは大きな鍋を複数火にかけて具材を煮込んだスープを、回収できる木の椀に入れて売っている屋台だった。スープそのものも、安価で温かい事以外には特段これと言って何の変哲もないものだ。


「調子はどうかしら」

「いやー、こういうのは初めてだけど、忙しいったらないね」

「随分と手慣れているように見えるけれど?」


 しかしここでイアリアは、するっとその屋台の裏へと回って、そう声をかけた。返ってきたのは、実に気安い返事だ。

 そのやや大きめの屋台では、イアリアが声をかけた1人が接客を担当し、煮込むのが1人、具材を切るのが2人、木の椀を回収するのが2人の、6人で営業している。全員がしっかりと布で髪を纏めて揃いの前掛けを身に着け、新年祭だから間違いなく多い客を、しかし見事にさばいていた。


「で、来たからには手伝ってくれるのかな?」

「生憎、食材の運搬に来ただけよ」

「いやぁそれでも助かるよ。あっという間に具材が無くなりそうだったんだ」


 ただ、よく見ればその屋台が普通ではない、と気付けただろう。何しろ、水場に面していないのにスープを売っている。つまり、魔道具で水を作り出しているのは間違いない上に、使っている食材も、売っている量と屋台のスペースの大きさが釣り合っていない。

 しかしイアリアは関係なく、その奥に隠された木箱……に見える、内部容量が大変と拡張された、マジックバッグの亜種とでもいうべきものに、こちらは魔薬を作っている途中で届いた、非常に大量の食材をどさどさと移し替えて行った。

 自分の内部容量拡張機能付きの鞄マジックバッグの中に、転移魔法で届けられた膨大な量の食材が残っていない事を確認して、イアリアは1つ息を吐く。その視線は、にこやかに接客をしている屋台の店員に向いていた。


「どうやら返してもらえたようね」

「流石にあのままじゃ不都合だからね」


 イアリアが、内部容量拡張機能付きの鞄マジックバッグの事を隠さない。どころか、明らかに不自然な木箱の事を疑問に思わない。何故ならこの屋台の事は、食材と共に送られた手紙で説明されていたからだ。

 彼らは、元冒険者。現在は「聖人」としてアイリシア法国で正式に認定され、世界各地を巡って邪教の痕跡や、邪神の依り代となる黒髪黒目の女性を探している筈の、ノーンズ達である。

 なおイアリアが指摘したのは、非常に長く伸ばされた、ノーンズの髪を収める為の、内部容量が拡張された鬘の事である。

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