第20話 宝石は見つかる

 そこから、たっぷり1時間は叫び声が続いていただろうか。イアリアは戦闘用魔薬の作成をする事でその叫びをシャットアウトしていたが、息を整えたり少し気がそれたりするたびに耳に入るその声に、よくあれだけ叫んで声が枯れないわね。なんて明後日の感想を抱くまでになっていた。


「――――貴様、何者だ!? 大声で叫び続けるなど、非常識だぞ!!」


 それが途切れたのは、そんなさらに大きな叫びが聞こえた時だった。イアリアは一旦作業を中断して部屋を出て、外からは見えづらい窓から、研究棟の入り口の辺りを見下ろす形で覗き見る。

 そこには、一応は家族だったという事で大変見覚えのある、黒髪で瘦せ型の男性――マケナリヌス男爵が、刈り込んだ銀髪と大変良い体格の若い男――兄弟子のハリスに、詰問されているところだった。

 ハリスの少し後ろには、淡い金髪を背中に流す若い男――同じく兄弟子のジョシアもいる。2人して駆けつけてくれたらしい。


「な、な、な、なんだね、君は! 私は、私を、誰だと、」

「知らん!! ただの不審者だ!!」


 ハリスの声に気圧されたか、イアリアから見て左へと後ずさるマケナリヌス男爵。ずんずんと肩を怒らせて歩調を緩めることなく距離を詰めるハリスだが、門の端に辿り着いたところでジョシアに止められた。


「私は――」

「というか、よくここまで来れたね? 兵士は何をやってるんだか」

「どういう事だ、ジョシア」

「少しは頭を使いなよ、ハリス。魔道具で全身を飾っていても、本人は魔力の気配が無いだろう? ここは魔法学園だ。部外者じゃないか」

「ちっ、違う! 関係者だ!」


 黒いローブの下で腕を組み、そのまま右手を上げて自分のあごに触れつつジョシアは言う。その通りである。魔法学園への出入りは厳しく制限されている。まかり間違っても、ただの男爵がこれといった理由もなく通れるはずがない。


「関係者だ、関係者だぞ! わっ、私は、あの誉れ高き「永久とわの魔女」の、弟子になった魔法使いの、親なのだから!!」

「だって、ハリス。君の父親?」

「そんな訳がないだろうがっ!!?」

「知ってるよ。だって君はカレヴィルナ侯爵家の人間だろう。馬車に乗ってすらいないって事は、子爵以下だ」


 なお、伯爵家以上はどこへ行くにしても馬車に乗るのが普通である。魔法学園の学生として暮らしている魔法使いは別だが、伯爵家より上の貴族は、どんなところでも馬車を乗り付けられる権利があるからだ。


「なっ、こっ、きっ……!?」

「あぁ、ちなみに「永久とわの魔女」の弟子は、少なくとも今は伯爵家以上の身分の人間しかいないよ。ちょっと調べれば分かる事だけど」

「――――血の繋がりは、それ以上だ!!」


 じりじり、と、怒りで顔を真っ赤にしながら叫ぶマケナリヌス男爵。……なお、今の発言で、自分の爵位がもっと下である事を認めたという事になるのだが、それには気付いていないようだ。


「血の繋がりが、血が繋がっている本来の家族の絆というものは、絶対に切れないんだ! だから、私は、関係者だっ!」

「魔力目当てで貴族に金で買われた元平民の目の前でそれを言うかな。売った親への情なんてないし、金で買った便利な勲章としか思ってない奴の事なんて、そんな風に思える訳がない」


 なお、この発言はジョシア自身の事である。イアリアは以前にちらっと聞いただけだが、こちらもこちらで大概碌な目に遭っていない。

 さて。と、ジョシアは組んでいた腕を解いて……その下に隠していた手に持っていた杖を、ぴたりとマケナリヌス男爵へ向けた。


「何が動機かは、捕まえて引きずっていった牢屋で、兵士に聞いてもらうといい。きっと熱心に聞いてくれる。何せ、こうして観察して分かったけど……学園への入園許可証、持ってないだろ?」

「なっ!? そっ、そんな訳が――」

「ほう。それは聞き捨てならんな……!!」

「ここは魔法学園だ。入園許可証にも魔法が使ってあるから、独特の魔力の気配がするんだよ。――その上で、ここまで騒いでも誰も来ないんだ。自分たちの失点を取り返そうと、全力で話を聞いてもてなしてくれるさ」


 怒りで赤かった顔が、見る見るうちに蒼白になっていくマケナリヌス男爵。ジョシアは柔らかい微笑みのまま、青い目をまさしく氷のように冷え切らせた。

 逆に、顔だけでなく拳まで赤くして怒りを表すハリス。こちらは指先でローブにつけている赤い宝石のブローチを軽く弾くことで、その全身に火の粉を纏うようにした。恐らく、身体能力を上げる魔法を使ったのだろう。

 珍しい兄弟子達の本気の様子に、イアリアはじっと眺めたまま、終わったな、とだけ思った。ナディネの弟子で、自分に適した指導を受けている。それが2人がかりで、ちょっと魔道具をたくさん持っているだけの人間と相対しているのだ。結果なんて見なくても分かる。


「というか、私も元平民だから、血の繋がりなんてある訳ないじゃない」


 しかし、こんなに頭の悪い人間だっただろうか。イアリアは内心で僅かに疑問を覚えたが、その前に状況は動いていた。

 ハリスが残像を残すような速さで駆け出して掴みかかり、ジョシアが動けないように手足を氷で包んで拘束する。どちらにしても、現実の上書きである以上は逃げられない。



 筈、だった。



「――――私は関係者だぁあああああっっ!!」


 恐慌。その言葉がぴたりと当てはまる様子で叫んだマケナリヌス男爵から、莫大・・量の・・魔力・・が噴き出したのを、イアリアは幻視した。

 目に見える訳ではない。だが感じ取れる魔力の量は、それこそイアリアの全力を軽く上回るだろう。ドン!! という音は、寸でのところでハリスが足を止め、後ろに下がった音だろうか。

 だが。だが、間違いなく、マケナリヌス男爵本人は、魔力が無かった筈だ。だからこそ非常に優れた魔法使いである娘のモルガナを溺愛していた。そうイアリアは記憶している。


「どうして……いえ、まさか!?」


 後天的に魔力を得たとでも、と思いかけて、そういえばイアリアは、後天的に魔力を得る方法を聞いている事を思い出した。属霊との契約。ナディネが自身の弟子に選ぶ基準だというそれは、しかしナディネに聞いた限りは、魔力を持って生まれるより更に難しい事だった筈なのだが。


「なんだ、どういう事だ!?」

「っく、魔力暴走とはどうして自制の利かない奴だな……っ!」

「なるほど! だがどうする、近づけもしないが!」

「魔法も届かない、というか、ちょっと周辺被害が大変な事になってきてるな、これは。……とはいえ、流石にようやく重い腰を上げてくれたようだが」


 魔力による竜巻が発生したような状態で、流石にたまらずジョシアとハリスも下がって距離を開けた様だ。

 とはいえ、ここまで派手な魔力暴走ともなれば、今まで不自然に動きが無かった魔法学園の治安維持戦力も動き出す。その気配を感じたイアリアは、びしり、と、目の前の窓に罅が入ったのを見て、安全の為に窓から一歩離れた。


「いぃぃあぁあぁりぃいいあぁぁああああああああ!!!」


 その、瞬間。

 動きでも見えたのか、それとも魔力を察知したのか。魔力暴走を引き起こし、破壊の中心となっているマケナリヌス男爵が、ぐりん、と、イアリアの方に顔を向けた。事態を見守っていたイアリアと、遠く窓越しにもかかわらず目が合う。

 その、くすんだ灰色のような目はすっかり充血していた。だが問題は、目があった事でも見つかった事でもなく。


「助けろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!」


 マケナリヌス男爵が、イアリアへと手を伸ばす。普段なら何の意味もないその動作でも、莫大な魔力を噴き出し、纏いながらであれば、話は別だ。

 イアリアはその動作と共に、確かに全身を掴まれる感覚を覚え、握り潰される、という危機感を覚えたところで。


「っな!?」


 ぐにゃり。

 そんな感じで、周辺の風景全てが、渦を巻くように、歪んだ。

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