第21話 宝石の与り知らぬこと

「うっわ……師匠の結界ごと被害が出るとか、どんな魔力だ……?」


 妙に朝から絡まれるもので、逆に不審なものを覚えていたジョシアは、僅かな隙を作り、ハリスの下を訪ねてみた。すると、ハリスの方でも随分と用事を積み上げられていたことが判明する。

 もちろんジョシアは、妹弟子であるイアリアの事をよく知っている。その実力はもちろん、性格についてもだ。恐らくは、イアリア自身は無意識な行動の理由も、大体は推察している。

 そんなジョシアがイアリアに対して一番懸念していたのは、イアリアが「本気になってしまう」事だった。何せ、今現在は3人いるナディネの弟子の内、最も思い切りが良いのがイアリアだからだ。



 普通魔法使いという存在は、その現実を上書きするという力に対し、恐怖感か優越感のどちらかを抱えている。恐怖感を抱える魔法使いは制御に秀で、優越感を抱える魔法使いは威力に秀でる。国はその辺りの性格も考えて魔法使いを使っている筈だった。

 それらの感情を宥めて上手く付き合い、ブレを少なくするために訓練というものは存在する。そしてジョシアが見る限り、イアリアは自らの力に対し、恐怖感を抱いている方の魔法使いだった。

 だが。イアリアはあまりにも、自分が持っている力を振り回すことに躊躇いが無かった。生まれた時から貴族であり、物心つくような時から「力とは振るうもの」という教育を受けてきたハリスならともかく、イアリアは元平民の筈だ。



 そのイアリアが、学園に置いて良い立場にいない事も、そして最低限の権利ぐらいは守るために戦っている事もジョシアは把握している。ただそれを知ったジョシアが驚いたのは、その状態でも「イアリアが手加減をしている」という事だった。

 もちろん、被害を受けた場面に偶然を装って居合わせたり、冗談の皮を被せてその心を推し量るような質問をしたり、そういう事の積み重ねだ。イアリア本人に直接聞いたことはない。だがそれでも、ジョシアは自分の観察眼に一定の信頼を置いていた。

 では。手加減をしていてすら、教師が「放置しても問題ない」と判断してしまう程に自分を守れるイアリアが、もし、本気に……「本気で敵の排除に動いたら」、どうなるのか。ジョシアはそこまで考えて、ぞっと背筋に寒いものが走ったことを自覚した。


「何か最後、イアリアの名前を叫んでたし……いや、流石に逃げただろうけど、巻き込まれてないだろうな」


 ある意味、今いる中では一番師匠に似ている弟子がイアリアだと言えるだろう。全属性への適正と、無尽蔵な魔力。そういう能力的なものではなく、守るべきものと排除するべきものを定め、対する態度を徹底する、という姿勢がだ。

 だから、徹底的に周りとの接触を断つ方向で動いた。自分に預けられる手紙の類も、感知できる範囲で特に性質の悪いものは事前に弾いておいた。流石に大量の使い魔が侵入してきた時は驚いたが、完全に虚を突かれたわけではない。

 だが、それもあと数日。そう思ったことでどこか気が緩んだのだろうか。昨日の夜にイアリア自身から、彼女のウィークポイントとなる話は聞いていたのに、この体たらくだ。


「ジョシア、大丈夫か!?」

「あぁ、大丈夫だよ。距離はとったから。……ただこれ、この状況をどう説明しようか」

「そのまま言うしかないだろうな! 正直、もう俺達に出来る事はないぞ? どう頑張ったところでお師匠様が動くだろう」

「まぁそうか。ここまで派手に結界が壊れて、それを察知できない訳がないんだし」


 まぁ、イアリアよりはお師匠の方がまだいくらか説得の難易度が低いか……。と今後の事を考えて、少なくとも常識を守るという意味では自分が最も常識人だと思っているジョシアは深々と息を吐いて、構えていた杖を懐へとしまった。


「しかし、随分な力技だったなぁ……」

「全くだな!」

「それにしても、魔力暴走とはいえ、あそこまで強大な魔力を持っていて気配も感じないとか、どうなってたんだ? ハリスは何か気付かなかった?」

「いいや全く! ……だがそうだな。言われてみれば、あの叫んだ瞬間に何かが割れたような音がした気がしなくもない」

「割れる音?」

「うむ! それを聞いて反射的に下がったから無傷だったんだがな!」

「いや、無傷じゃないから。胸のところ、横一線に切れてるし」

「なんだとっ!?」


 慌てて自分のローブを確認するハリスを置いて、ジョシアは慎重にマケナリヌス男爵へと近づいていった。

 魔法を使う事、それそのものに体力を使う訳ではない。だがやはり世界の上書きという無茶をやっているのだから、どうしても多少は疲れるものだ。魔力暴走とは言っても魔法は魔法、元々限界に近いところであんなに派手に暴走したのだから、精神的な疲れだけで気絶していてもおかしくない。

 現に、暴走の規模こそ大きかったものの、時間としては1分ももっていない。魔力暴走が収まると同時にあおむけに倒れたマケナリヌス男爵は、ハリスとジョシアが話をしている間もぴくりともしなかった。だから、やっぱり気絶したのだろう、と思いながらジョシアはその顔を、足元の方から覗き込んだ。


「…………は?」


 そこに見えた顔は。

 確か、不健康ながらもこけてはいない顔と、艶は無くても最低限の手入れがされていた黒髪。濁ったような暗い灰色だが、確かにしっかりと感情を見せる瞳。

 それらを揃えていたマケナリヌス男爵は。



 まるで。

 死んでから何日も放置され、干乾び切って皮と骨だけになってしまったような。

 そんな顔を、していた。

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