田舎都市と宝石

第1話 行方不明の宝石

 この世界には、魔力、と呼ばれる、不思議なエネルギーのような何かが存在している。

 存在そのものが不可思議であり、そもそもエネルギーなのかも不明。意思あるものの思考と感情によってのみ制御され、世界を上書きし、人知を越えた現象を起こす事が出来る。

 そして時折、この魔力を、その身に宿して生まれてくる人間がいる。生まれつき魔力を持っている人間のうち、その魔力を自らの意思で扱い、世界を上書きする事が出来るものを魔法使いと呼び、その魔力が魔石の形をとって固まるものは魔石生みと呼ぶ。



 魔法使いと魔石生みの違いは魔力が魔石になるか否かであり、その魔力の性質に違いは見られない。両者ともに扱える魔力の最大値は生まれ持ってきた魔力の量に依存するものであり、その条件は全くの不明。

 辛うじて分かっているのは、魔力を生まれ持った人間の子供は、同じく魔力を持って生まれやすい、という事だけ。それでも特権階級である貴族は魔法使いを自らの血に取り込むことが多く、その比率は現在、圧倒的に貴族が多い。

 なので魔法使いというものは、平民の生まれであっても養子という形で貴族の席を与えられ、1人残らず国に召し上げられるものだ。魔法使いとしての力を制御する為に必要な事である。



 しかし、どれほど魔力を制御する事に長けていようと、魔力を使い切ればただの人だ。よって魔法使いであるならば、その身に宿す魔力が多い事が喜ばれる。

 一方魔石生みは、その魔力は例外なく魔石という資源へと変わる。長くとどめておくには非常な工夫が必要だが、魔力を持たない人間でも、その魔石の分だけ現実を上書きする事が出来る、貴重な資源である。

 そして。魔法使いが魔石を作る事はなく、魔石生みが魔法を使うことも無い。また、魔石生みが魔法使いになる事はない。



 ――だが。

 極稀に、魔法使いが魔石生みに変じる事は、ある。




「きゃあぁ――――っ!!」


 強い風の音と共に、若い女性の悲鳴が響く。尾を引く悲鳴の音は、その内ガサガサバサ――っ! という音と共に途切れた。

 やがてその音が響いていた場所から、ガサ、バサと折り重なった枝葉の類をかき分けるような音が聞こえてくる。ガサリ、とひときわ大きな音が響いて出てきたのは、やはり若い女性だった。

 濃い焦げ茶色のくせっ毛に絡んでいる細かい枝を外し、大きく美しい翠の目で周りを見回す彼女は、イアリア・テレーザ・サルタマレンダ。本来であれば伯爵令嬢である筈の、生まれた時に身に宿した魔力に目をつけられ容姿として貴族になった、農村出身の元平民だ。


「……どこからどう見ても、学園の敷地内どころか、近くの森ですらないわね……」


 魔法使いであったはずが、ある日突然魔石生みに変わってしまった。それが分かったその場で、魔法使いを育成する名門校のザウスレトス魔法学園から逃亡。養い親の追跡から逃げ回りつつ魔力を使い切りただの人間に戻ろうとしていたのだが、紆余曲折あって学園に連れ戻されたのが1ヵ月前の事だ。

 イアリアを連れ戻したのは、「師匠」……画一的な授業では教え尽くすことが出来ない、最適な魔法の使い方。これをほぼ1対1で付き合って教えを授ける相手であった為に、学園に戻ったとはいえイアリアは一時の平穏を得る事が出来た。

 ただその「師匠」のせいで結構な量の衝撃の事実が判明したりもしたが、それはともかく。その衝撃の事実関係で長期外出していた「師匠」が、そろそろ戻ってくる筈、というところまで、色々あって研究室に籠城していたのだが。


「……そう。そうよ。魔力暴走、だと思うのだけど、あれは一体……」


 あと数日。それを耐えれば「師匠」が帰ってくる。そんなタイミングでやってきた、マケナリヌス男爵――イアリアが最初に養子になった貴族が訪問し、イアリアを呼び出そうとした。

 男爵は貴族であるにも関わらず魔力を持たない為、本来なら魔法学園の敷地に踏み込む事すらできない。だがそれだけなら誰かが手引きをすればいいところ、イアリアの兄弟子達に見つかって詰問された挙句、魔力暴走を引き起こしていた。

 荒れ狂う嵐、という形を取った魔力暴走を起こし、その様子を見ていた窓に罅が入って、そこで一歩下がった瞬間に「見つかった」。そして


「謎の圧迫感……あれ、たぶん「掴まれた」のよね? その上で、明らかに遠く離れた土地にいるという事は、転移になるのだろうけれど……」


 ようやく認識が現実に追いついてきた。パタパタ、と体に最後までついていた枝葉を払い落とすついでに自分の格好を確認するイアリア。

 室内にいるつもりだったが、それでも愛用の、内部空間拡張機能付きの鞄、マジックバッグは身に着けていた。魔薬を作っていたので、丈夫な服も着込んでいる。靴もいつもの、丈夫で長時間の着用に耐えられるものだ。

 そしてイアリアは、マジックバッグの中から、雨の日用の分厚いマントを取り出して羽織った。焦げ茶色のくせっ毛を押し込んでフードをしっかりおろせば、そこにいるのは元魔法使いの現魔石生み、魔法使いの弟子であるイアリアではない。


「村の森に近いから、たぶん北西の地域よね。男爵にしろ伯爵にしろ、会いたくないのだけど、無理かしら」


 旅をしている間に得た立場。登録をしてから1年足らずで、誉たる勲章となる宝石を3つも冒険者カードに得た凄腕魔薬師、「冒険者アリア」だ。

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