第17話 宝石は襲来される

 イアリア的には、主に面倒という意味で最悪の可能性に辿り着いた、翌日。


「やぁ。ここにアリアという魔薬師の冒険者はいるかな?」


 昼過ぎ頃、冒険者ギルドのロビーで起き抜けの昼食を食べていたイアリアが見ている前で扉が開き、入って来たどこかで見た気がする青年は、とても爽やかで人当たりの良い声でもって、開口一番そんな問いを投げかけた。

 冒険者ギルドの支部の中でも、ここ百年遺跡支部はちょっと特殊だ。何故なら「百年遺跡」を攻略する為に集まった冒険者、その利便性の為に設置されたものであり、冒険者ギルドに支部としては珍しく、集落が後から出来ている。

 とはいえ、冒険者の動き方としては大差ない。すなわち、昼過ぎになっても冒険者ギルドにいるような、最大限好意的に言えばのんびりした冒険者は、とても少ない。


「……ええと。こちらに来られるとは、聞いていないのですが」

「いつまで経っても良い返事が来ないからね。来てくれないならこちらから出向くまでさ。これでも身軽なのが売りだし」

「しょ、少々お待ち下さい」

「大丈夫だよ。冒険者ギルドは慣れたものだし、これでもそれなりの情報網は持っているからね」


 なので、冒険者ギルドのロビーにおいて奥に並んでいるカウンター、そこにいる冒険者ギルドのギルド職員とそんな会話をしつつ、その黒髪茶眼の若い男はガランとしたロビーを横切り、そして、イアリアの目の前に座った。

 もちろんイアリアも気付いていたし、何なら今の会話で相手の所属と名前まで特定している。ただしそれは、まぁ当たり前だが、イアリアが冒険者に詳しいという訳では無く。


「初めましてだから、自己紹介をしておこうか。冒険者ランクレア、クラン『シルバーセイヴ』リーダーの、ノーンズだよ」


 ここ数日、それこそ毎日、面会希望が来ているという形で、話を聞き続けていた相手だったからだ。

 もぐもぐと口を動かして喋れませんアピールをしながらイアリアは改めて、断りなく正面に座った男の顔を見る。……なるほど、確かに顔立ちは瓜二つだ。もっともイエンスの場合はその能天気さがにじみ出ていたのに対し、こちらは爽やかな笑顔を全く崩さないが。


「……アリアよ。冒険者ランクコモンレア。得意なのは魔薬作り」


 ただ、もう1つ。こうして直接会って、イアリアは気付く事があった。

 それは、この、見るだけで大変爽やかで好青年という印象を与える、笑顔である。

 イアリアはこの笑顔を良く知っていた。


「有名な冒険者に知って貰えて、ありがとうとでもいうべきかしら? 私からあなたに対する用事は無い筈だけれど」


 これは、仮面だ。

 本心と思考を覆い隠し、初対面の印象を底上げしながら、自身の隙を塞いで潰す……言葉による対人戦。貴族が得意とする知識と機転による戦闘。

 それに用いる、完璧な微笑みと同種の、装備だと。


「ははっ、笑ってしまうぐらいにこちらへ対する興味が無いね。まぁそれはそうかな。何しろ用事があるのは、僕からあなたに対してだから」


 残念ながらさっき口を塞いだ分で昼食は最後の一口だった。だからそれを飲み込んで、まず挨拶と、その笑顔の種類を判別したが故に様子見としての言葉を向ける。

 それを理解したノーンズはというと、爽やかな笑みも快活な声も一切揺らさないままそう返してみせた。ただし、正面に座るイアリアにだけ見えるように、その茶色の目の温度が下がる。

 器用な物だ。と、自分をしっかりと棚上げしながらイアリアは思う。そして同時に、イエンスではなくこちらならば、貴族になっても十分にやっていけそうだな、とも思った。


「何、大丈夫さ。勧誘は嫌われそうだからやらないし、聞きたい事があるだけだよ。それもとても簡単な内容だ。何しろ家族の事だからね。藁にもすがりたいんだよ」


 だって。今の言葉だけでも、深読みした分を含めたって相当な量の情報がある。

 確かにぱっと聞いただけなら何も問題はない。だが勧誘はしないと言っているが、脅さないとは言っていない。聞きたい事があるし簡単な内容だとは言っているが、手短に済むとは言っていない……時間はかからないとも言っていない。

 藁にもすがりたいという言葉になったが、それはつまり、逃がすつもりは一切ないという事だ。何故なら溺れる人間は、命の危機に瀕している人間は、加減が出来ない。


「内容によるわ」

「それは聞いてみてから考えてほしいな」


 救けに来た人間を、伸ばされたその腕が引きちぎれる程の力で掴み。そのまま、諸共沈んで被害者が増える。

 そんな事故は、水場では、ありふれたものなのだから。

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