第18話 宝石は応じる

 そこからノーンズの希望をイアリアが受け入れる形で、2人は冒険者ギルドの個室へと移動した。ギルド職員の誰かを立ち合いという形で同室させては、と言われたが、ノーンズが断った時点でイアリアがそれ以上の言葉を止めたのもある。


「――良かったのかな? 男と女だけど」

「死人に口なし。それはあなたもでしょう?」


 部屋に入って最初の言葉がそれだったが、イアリアはそれに対して、机の上に爆発する小瓶を置きつつそう返した。奥と手前を仕切るように、とんとんとん、と並べていく。

 そしてそれにノーンズが固まっている間に、机の下に小さな樽を置いた。そして自分は部屋の奥の椅子を持ち上げて、壁際まで下がってから座る。もちろん、その手には爆発する小瓶を持ってだ。


「机を回り込んで来たら攻撃とみなすから」

「……この樽は?」

「小瓶と同じものよ」


 すなわち、爆破する、という事だ。なおそれを受けたノーンズは恐らく、あまりにも乱暴では、とか、逃げ場がない、とか言おうとしたのだろう。だが乱暴についてはギルド職員の同室を断った時点で自分に非があるし、逃げ場に関しては、扉は自分の後ろだという事に気付いたらしい。

 何度か口を開いては閉じ、さほど大きくない部屋の中を何度か見まわして……やがて諦めたように息を吐いて、扉から見て手前側の椅子を引いて腰かけた。


「なるほど、向こうの支部でも妙に釘を刺されたし、道中で情報を仕入れた時も随分と注意を貰ったが、これは確かに傑物だね、アリア女史?」

「おぞけが走るから二度と言わないでくれる?」

「うん。聞いていたのの数倍は強烈だな」


 なおこの時点でイアリアは一度椅子から立ち上がり、後ろを向いて内部空間拡張能力付きの鞄、マジックバッグから自分の武器である、小型のカタパルト、或いは機構式のスリングを取り出して、ノーンズの方に向けた状態で抱え持ってから再び着席した。

 その行動に更に顔をひきつらせたノーンズだが、イアリアは自分が警戒度を上げた事を目に見える形にしただけだ、と内心で言いきっている。もちろん簡易的に構えた状態の機構式スリングは既にハンドルを回して弦を引いた。

 とはいえ、流石に小瓶のセットまではしていないが。……セットしていないだけで、手には持ったままだ。ノーンズなら、一動作でセットして引き金を引ける、というのは分かっただろう。


「……『シルバーセイヴ』のリーダー、って聞いたら、大体は信用してくれるんだけどな?」

「良かったわね、今まで接してきた人々の大半がお人好しで」

「冒険者ランクが上の冒険者には従ってた方がいいと思うと忠告しておく」

「それ、詐欺師や暴力に訴える男が良く使う言い分よ? 誠実がウリなら止めておいた方がいいって忠告しておくわ」


 どれだけ言葉を並べても、イアリアは容赦しないしこれ以上の譲歩しない。ようやくそれを理解したらしく、ノーンズは深々と息を吐いた。


「分かった、これ以上は止めておこう。何なら喉を潰されても正当防衛にされそうだ」

「あら、冒険者ランクレアになったような人物が文字も書けないとは驚きだわ」

「……君、いつか言葉で自滅するんじゃないか?」

「心配ありがとう。相手を選んでいるしちゃんと実績と利益も出しているから的外れだけれど」


 これ以上は止めておこうと言いつつ言葉を足して、更にイアリアから反撃されたノーンズは、その黒い髪をかるくかいた。若干途方に暮れたような顔をしている。

 そうしているとますますイエンスとそっくりだな、と思ったイアリアだが、それはさておき、と、ノーンズが気を取り直したらしい。


「本当に話を聞きたいだけなんだけどな。主に兄の、イエンスについて」

「そうね。それは聞いているわ。そのたびに、知っている事は全て冒険者ギルドに話した、とも伝えた筈なのだけど」

「何度も聞いたよ。とはいえ、僕が聞きたいのはそこじゃない。何しろここの手前の支部で、慌てて1年前までの兄の移動経緯が分かったぐらいなんだ」


 す、と視線を真っ直ぐイアリアに向けて、ノーンズは言い切る。


「冒険者ギルドに悪意があるとは思えない。あの慌てようを見ればね。ただし、それはそれだ」

「それで立ち合いも断ったの?」

「無いとは言わない。それに――」


 ここでノーンズは、自分の額に左手を当てた。そのまま前髪を掴んで、持ち上げる。そこに右手を入れて、引っ張り出して見せたのは。


「――君は、知ってるんじゃないか?」

「……通りで、髪の色が全く一緒だと思ったわよ」


 黒い髪。イエンスのものとあまりに同一のそれは、そっくりな顔立ちからすれば違和感はなかった。だから、誰も気付かなかったのだろう。

 その下に、部屋の中の僅かな灯りでも見事に輝く、銀色がある事には。

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