第19話 宝石は話をする

 知っているんじゃないか? というノーンズの問いかけに、正直に答えるのであれば、イアリアは是と答えるべきだったのだろう。イエンスから聞き出したのは確かだったからだ。

 ただし。ノーンズが冒険者ギルドをすら疑っているように、イアリアとてノーンズをそこまで信じていない。クランのリーダーなんぞを務め、貴族のそれと同種だとイアリアが断ずる程度には出来の良い笑顔の仮面をかぶっていられる以上、ある程度以上は舌戦に関する技術を持っている筈だからだ。

 よって、イアリアはノーンズの事を平民だと思わず、貴族として相対する事にした。銀の髪、という自分の秘密を真っ先に打ち明けたのも、大体の目的は想像できる。


「(恐らく、あちらも味方を手探りしているんでしょうね。女神の色彩を持つ事を先じて明かす事で、腹を割って話すつもりだと示したんでしょうけど)」


 問題は、その最終的な目的だ。イエンスを探して見つけるだけならまだいい。だがもし冒険者ギルドにすら影響を与えている何かと戦う為なら、イアリアは降りさせてもらうつもりだった。たとえそれが、イアリアを狙っている相手と同じだったとしても、だ。

 何故ならイアリアは、自力での解決を全く目指していない。論外だとすら思っていた。理由としては簡単だ。何しろ、既に自らの師匠、世界最高の魔法使いたる「永久とわの魔女」ことナディネが動いているのを知っているからだ。

 下手に動けば邪魔になる。よって自分がするべきは、相手の手から逃げ回り、時間を稼ぎ、人質などにならない事だ。それが一番早いとイアリアは知っている。


「髪の色が全く一緒、ね? 想定外の反応だな。人によってはその場で跪いて崇めだすから、こうやって普段は隠しているんだけど」

「あの見た目浮気性の生活ガタガタ男と、クランリーダーとして身だしなみにまぁまぁ気を使ってるあなたじゃ、いくら双子だと言っても差異が出るものでしょう」


 ひらひらと揺らした銀の髪を、黒い髪、もとい、恐らくはイエンスの髪で作られた鬘の中に戻しかけたノーンズ。しかし、その動きはイアリアの言葉で止まった。


「待ってくれ。見た目浮気性の生活ガタガタ男ってそれはイエンスの事か?」

「それ以外に誰がいるのよ。出会う女性を既婚者も彼氏持ちも構わず口説いて回ってたわよ。私まで巻き込まれたわ。本当に良い迷惑」

「……何をやっているんだ……!」

「本人は嫁探しだと言っていたわね」

「何故!?」


 何とか銀の髪を戻して鬘の位置を直したノーンズだが、本当にイエンスの事は何も知らなかったんだろう。移動経緯は分かったと言っていたが、冒険者ギルドの支部で何をしていたかまでは分からなかったらしい。


「……いや。いや、うん。そういう話が聞きたかったんだが、本当に、何故……」

「結婚なんてするつもりは無いって事?」

「つもりも何も……あー、まぁ、話してもらうには、こちらも話さないとか。――アイリシア法国は知っているかい?」

「東の宗教国よね? 創世の女神を祀り、世界各地にある教会の元締めでしょう?」


 グゼフィン村でのイエンスの行動。その理由となる証言。これをイアリアが出したのだから、こちらも相応の情報をまず出すべき、とノーンズは判断したようだ。頭を抱えていた姿勢から起き上がり、息を吐いて真面目な顔に戻る。


「そう。そして僕とイエンスは、女神の色を持っている。もちろん普段は隠しているけどね。だから、アイリシア法国から、「聖人」として招かれているんだよ」

「……何で冒険者なんかやっているの?」

「少しぐらい「人間」を楽しんでもいいだろう? 元々、僕らは孤児だったからね。閉じ込めて利用されるみたいで嫌だったんだ。……その話を持ってきた人間が、イエンス曰く「真っ黒」だったのもあるけど」

「あぁ……」


 そして告げられたのは、冷静に考えれば当たり前の話だ。アイリシア法国。創世の女神と付き従う4体の聖獣を信仰対象として、国を越えて教会を立て、孤児院を運営している大元である。

 もちろん「聖女」と呼ばれる人間の管理と保護もしているのだから、その信仰対象の色、普通は存在しないそれを持つ人間を見つけたら、絶対に保護しようとするだろう。もちろんその話を持ってきた「真っ黒」判定された人間のように、己の私欲にその能力と存在を利用しようとする人間もいるだろうが。

 だがそれでも、絶対に安泰な生涯が保証されているに等しい。にもかかわらず、何故自分の命をチップとして分の悪い賭けに挑む冒険者などをやっているのか、という疑問は、そういう理由だったようだ。


「当然、「聖人」になるんだから、そりゃ血筋の良い女性が伴侶として宛がわれるんだろう。並べられて好きな相手を選べ、と言われるかもしれないけど。……だから、嫁探しなんてする必要は無いし、する理由も無い筈なんだ」

「なるほどねぇ……。まぁ、冷静に考えればそれはそうでしょうけれど」


 こちらは話した、と手番をイアリアに渡すノーンズ。なるほどね、と納得したイアリアは、手番を大人しく受け取った。


「では、なかなかに由々しき事態になってるんじゃないかしら? 何せ本人から聞いた限りだけれど。サルタマレンダ伯爵から、1年以内に嫁か子供を連れて戻ってくれば、貴族にしてもらえるって言われてたらしいわよ?」

「……、は?」

「しかも、そうなれば孤児仲間や双子の弟と一緒に暮らせる、って言ってたわね」

「は……!?」


 ま、その手番で渡す情報が、十分に衝撃で重大だと。その時点で分かっているからこそ、余裕を持てていた訳だが。

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