第20話 宝石は情報を繋げる
そうは言ってもイアリアが持っているイエンスの情報はそう多くない。グゼフィン村での行動とその理由、そしてあの魔力暴走、あるいはそれに見せかけた転移に巻き込まれるまでの経緯を話せば出せる情報は終わりだ。そして、その部分は既に冒険者ギルドに話している。
ただその転移の行先が、ここエルリスト王国西部……サルタマレンダ伯爵領だというのは冒険者ギルドには伝えていない。推測だったし不確実だったから、という言い訳は用意してあるが。
それでもノーンズにとっては大変頭の痛い、あるいは衝撃的な、いや、もっとはっきり厄介としか言いようのない情報だったようだ。まぁそれはそうだろうが。
「は? パイオネッテ帝国が、本格的な戦争の準備をしている?」
「推測だけどね。ほら、僕はとりあえず一応有能な冒険者だろう? 引き抜きがあったのさ」
「ほぼ確定じゃないの」
ただ、それと引き換えにノーンズから提供された情報は、イアリアとしても頭の痛いものだった。エルリスト王国と険悪な仲であり小競り合いが耐えないとはいえ、本格的な戦争となれば話は別だ。
しっかりとサルタマレンダ伯爵がにらみを利かせている。何故それが必要かと言えば、戦争を起こさせない為だ。戦争は物資も、労力も、資金も、そして何より人命と時間を浪費する。戦争を起こした方だけではなく、吹っ掛けられた方もだ。
まして、季節はこれから夏である。職業兵士の数などそう多く抱えていられる訳もなく、戦争を起こす為に集められる人間の大半は兼業か、徴兵された平民だ。それも、大半は毎日の暮らしが精一杯の農民だろう。
「馬鹿なの?」
「正直話を聞いた時は馬鹿だと思った」
農民を夏に畑から引き離せばどうなるか? 簡単な事だ。労働力が減るのだから、収穫量が落ちる。それも劇的に。戦争で消費する分を含めると、パイオネッテ帝国全体が冬を越せるか危ういのではないだろうか。
それに夏は暑い。当たり前だが。そして兵士というのは身を守る為に鎧を身に着けていて、防御力を求めるのであれば金属製になる。しかしたとえ革で作られていたとしても鎧は分厚く重く、当然だが通気性は最悪だ。
それに気温が高ければ、食べ物が痛むのも早くなる。つまり、大量の鎧を身に着けた人間が大量の食糧を用意して長距離を移動しなければならない戦争は、夏にやるべきではないというか、戦闘に入る前に軍が自滅する程度には危険だ。
「けど、馬鹿じゃないとしたら、何か策か隠し玉があるって事だ。僕が話を断っても、あっさり引き下がったし。余裕のある態度がいっそ不気味だったね」
「それはそうでしょうよ……それにしても、あちらは魔法使いの扱いも酷いから、少なくとも軍の質としては確実に劣っているとかいう噂を聞いたのだけど」
「大体合ってるんじゃないか? 肥沃な土地があるんだから国としては十分やっていける筈なのにな」
「贅沢な話よね」
そしてそれは、少しでも物を考える頭があれば分かる事だ。だからこそイアリアとノーンズが「馬鹿」と意見を揃えた訳だが、流石にそこまで馬鹿ではないだろう、というところでも意見が揃った。
が、だったらその隠し玉とやらは何かという話になるのだが、それはさっぱり分からない。当たり前だ。戦争に使われるような隠し玉は何にせよ国家機密だろうし、そんな情報を手に入れられるのなら、冒険者を止めて国の諜報機関に勤めるべきだ。
なので、きな臭い話がある、というだけに留まる筈の情報だ。もちろん、冒険者によっては傭兵のような生活をしていて稼ぎ時だと判断し、そちらに向かう人間もいるのだろうが。
「で? 有能な冒険者が率いるクランには、その隠し玉についての情報も入ったという訳ね?」
「まさか。そこまで詳しい事は知らないさ」
まぁ、その思惑は考えたところで分からない。分かるのは、本格的な戦争が間もなく起こるという事と、夏に戦争が出来ると判断するだけの「何か」があるという事だ。
そして今の流れでその話が出てきたという事は、ノーンズはその「何か」について、ある程度情報を掴んでいるという事になるだろう。
だからこそそこを突っ込んだイアリアだったが、ノーンズはさわやかな笑顔の仮面をかぶって明確な答えを避けた。つまり、何かしらイエンスについての追加情報が無ければ話せない、という事だろう。
「……話してもらうわよ。だってあの魔力暴走の転移、私とイエンスが飛ばされたのは、西方向……何の対策も無ければ、サルタマレンダ伯爵領のど真ん中だったのだから」
「……ま、だろうさ。何せその聞こえたきな臭い噂話の中には「黒き女神」とやらの存在がある。女神と名の付くそれが何かは知らないが、女神の色を持つイエンスは欲しいだろうね」
だから、冒険者ギルドに話していない手札を切った。それに応じて、ノーンズも恐らくは冒険者ギルドに話していないのだろう情報を出す。
ここでイアリアはノーンズの様子を探る。まだ手札が、情報があるのかどうかは分からない。しかし、恐らくはこれで底が見えたと思っている筈だ。
だが……この土壇場で、イアリアは、もう1つ手札を手に入れた。
「――「黒き女神」ねぇ。聞き覚えがあるわ」
「何?」
「だって、魔力を持たないただの人間、ただの兵士が、突然魔力暴走を起こして転移を発動させたときに出した言葉だもの」
ノーンズから爽やかな笑顔の仮面が剥がれ落ちる。イアリアも驚きだ。まさか、こんなところで繋がるなんて、と。
だからこそイアリアは踏み込む事にした。
「さらに言うなら、あれは魔力暴走に見せかけただけの別物だし、むしろ魔力暴走がオマケで転移が目的だわ。悪いわね、イエンスを巻き込んでしまって。その噂が正しければ、イエンスも狙われたのかもしれないけれど」
「な、は……? いや、ちょっと待っ」
「待たない。ここまで踏み込んだのはあなたの方が先よ。私は、あなたとの繋がりを断とうとしていたのだから」
踏み込んで相手の首根っこを掴み、絶対に逃がさない為に。
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