第23話 宝石は告げる

 神殿の造りと言うのは、大体決まっている。それは信仰の為であり、同時に、どんな地域であっても素早く建設する為の工夫だった。

 まず入り口正面に祈りの場である礼拝堂。そのぐるりを囲むように神官達の生活スペースが並び、大きな神殿であれば、その奥か横に孤児院などの施設がくっつく、という形だ。

 また、地域によってはその特色由来の施設……例えば少し地面を掘ればお湯が沸いてくる場所などでは、開かれた浴場などが設置されていたりする。そんな特徴は地方に行くほど顕著で、各霊獣を祀る神殿ほど独特な施設がある場合が多い。


「あら、随分と出遅れちゃったわね」

「そんなこたねぇさ。むしろ丁度いいタイミングだ」


 そしてイアリアが戦闘の音を頼りに辿り着いたのは、そんな、ある意味神殿の特徴が最も出る場所だった。どうやらこの水霊獣を祀る神殿の場合、外に開かれている事は無く、最奥で守られている場所、という事になるようだ。

 壁際に、後ろ手に縛られて神官達が並び、こちらを睨みつけている。その視線を無視して、イアリアは先に辿り着いてこの場を制圧した冒険者達が、警戒、というより、戸惑いの視線を注いでいる一点へと近づいた。

 神官達の並びの端に、神官長であるマッテオの姿がある事を目の端で確認しつつ、イアリアも冒険者達が空けた隙間から、その一点を見る。


「困ってたんだ。神官はこいつの事を御使だって言うんだが、どうにも俺らはそう思えなくてな。魔薬師の嬢ちゃん、こいつが何か分からないか?」


 冒険者達の暫定リーダーを務めている冒険者がそんな言葉を添えたのは、一言でいうと、巨大な青い魚だった。

 プール、というには随分と深く大きいその水場が、本来何に使われていた場所なのかイアリアには分からない。だが、現在その中で大人しくしている、大きさギリギリの巨大な魚が入っているのを見ると、生簀にしか見えなかった。

 暗い中でも、白い石の底面がはっきりと見える程に透明な水が満たされたその場所でじっとしているその巨大な魚は、恐らく体長がイアリアの3倍はあるだろう。その目は大きく黒く、その鱗、或いは皮は、僅かな光にも鮮やかな色を見せる、深い深い青色だ。


「…………。そうね。何というべきかしら。知ってるけど知らない……が、一番近いわね」

「そりゃどういう事だ?」


 じっくり、と、その、非常に大人しくしている巨大な青い魚を眺め、首を傾げてイアリアはそう言った。それに、暫定リーダーの冒険者が代表して疑問を返す。

 ううん、とイアリアは考える声を返し、どう答えたら一番色々誤魔化すのが楽になるか、と考えて、


「形は、本で読んだことがあるのと、よく似ているのよ。ただこの、大きさと色がちょっと……書いてあったのと違うというか。だから、似てはいるんだけれど、変異種か……それとも誰も知らないだけの、進化先か。形が似ているだけの違う種類、っていうのもあるし……まぁ、つまり、分からないわ」


 色々連ねようとして、冒険者達がついて来ていない事に気付いて、短くまとめた。なるほど、分からんなら仕方ない。と、冒険者達も諦めを見せる。


「……御使様だ」


 そこへ、呻くような声が届いた。イアリアは半ば予想通り、他の冒険者達は疑問に思いながら声の方を振り返る。

 声の主は、神官達の列の端……神官長マッテオだった。それに気づき、何人かの冒険者は顔をしかめたようだ。その様子からして、これはあの子供達以外にも何かやっていたかしら。と、予想するイアリア。


「水霊獣様が使わして下さった、御使様だ。差し伸べられた、救いの手なのだ。この町を、我々を、お救い下さる……」


 どうやらこの巨大な青い魚について、そういう理由で神官達や、あの子供達に説明していたようだ。そしてそれを信じて怒りを見せる神官達を見て、イアリアは、


「――違うでしょう?」


 大変、イラっとした。


「違うわよね? この魚が、私が本で見たあの魚であるなら、違うわよね。色も大きさもだいぶ違うけれど、形はそのままだもの。だとしたら、この魚は水霊獣の使いではない。もちろん誰かを救う力なんかない。救われるのは、あなただけ。ねぇそうよね? 神官長さん」


 そのまま、畳みかけるように言葉を連ねる。他の神官から声が上がった気がするが、イアリアは無視、というより、そもそも認識していない。


「そうでしょう? あなたは確か貴族だったわよね。だったら魔力を持っている可能性が高いわね? 神官長にまでなれたという事は、さぞかし腕に覚えのある魔法使いなんでしょう。もちろん、その魔力の量も」


 ここで神官達は、何が言いたい、と訝しげな顔になり。冒険者達は、魔法使い、と聞いて警戒を強め。そして神官長マッテオは……もともとそんなに良くなかった顔色を、更に悪くさせた。

 恐らく予想がついたのだろう。イアリアが次に口にする言葉が。そしてそれが、自分にとって致命の刃になる事が。縛られ壁際に並べられ警戒されている今この状態であっても、何としても阻止しなければならない事が。

 それでも口を開き、言葉を紡ぐのは、イアリアの方が早く。


「だってこの魚は魔力を食べる・・・・・・のだから。たとえそれが、魔石と言う形をとっていても。ねぇ? 元魔法使いで――「魔石生みへと変わってしまった」、貴族のマッテオさん?」


 お家に知られる前に、魔力を使い切っておきたかったのでしょう?

 怒りで滑らかに紡ぎ出されたその言葉は、狙い通り。冒険者達も、神官達も関係なく、その顔を驚愕に変えて。……言葉を向けられた神官長マッテオは、倒れそうな程に、その顔から色を失った。

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