第22話 宝石は話を聞く

 もちろん、物音が聞こえた時点でイアリアは警戒しつつそちらを振り返っている。注意を引いて不意を打つための囮と言う事も考え、自分の後ろにも警戒の範囲を広げていた。

 ……だが。


「……ほんとう?」

「っ!?」


 見えた姿に、聞こえた声に、出かけた声をギリギリとは言え呑み込めたのは、自分で自分を褒めていい、と、イアリアは心底から思った。

 何故ならそこに居たのは……ようやく会話と言うものを理解したばかりのような、まだいつ天に戻ってもおかしくないような、そんな幼子だったからだ。

 それも、1人2人ではない。物陰に身を寄せ合うようにして、一枚布の端と端を縫い合わせただけの様な服に身を包んだ子供ばかりが、7人ほど、怯えて震えながらイアリアの方を見ていた。


「――えぇ、もちろんよ。痛い事も、怖い事も、私達からする事は無いわ。痛い事をされそうになったら、やり返しはするけれどね」

「ほんとうにほんとう?」

「えぇ。本当に本当。だって冒険者だもの。冒険者にとって、約束と言うのはとても、とっても大事なものなのだから」


 内心では、一見人が良さそうに見えて、実際カリアリにおける評判は良かったあの神官長への全力の罵倒を叫んでいるイアリアだが、それは何とか隠しきって、誤差ではあるがもっとも年が上に見える子供に答える。

 そして自分の見た目が怪しさ満点である事を知っているイアリアは、あえてマントから手を出して、手の平を見せる形で、肩のあたりまで持ち上げて見せた。降参の仕草でもあるそれを見せて、ようやくその子供達の怯えも、少しは収まったようだ。

 おそるおそる、と、顔を出し、丸めていた背を伸ばし、恐らくはより幼い子を中心にするように固まっていたのだろう。あくまで比較すればの話であって、全員幼いには違いないのだが。


「……ところで、どうして、大人が居ないのか、聞いてもいいかしら?」


 一応は警戒を解いてくれたらしい子供達に、手を挙げたままイアリアは出来るだけ優しく問いかける。遠くから時々聞こえてくる叫びなどが聞こえるたびに怯えを見せる子供達だが、お互いに顔を見合わせて、恐らくはそこまで深く考える事なく……知っていることを、そのまま答えた。


「しんかんさまが、ぼくたちは、とくべつなこだからって」

「かみさまのかごを、つよくうけたこだからって」

「おなじかごをうけたこどうしで、ささえあいなさいって」


 この時点で既に色々言いたいことが湧き上がって来たイアリアだが、ぐっと我慢した。そのまま、出来るだけ声音は穏やかなまま、問いを重ねていく。


「お父さんや、お母さんは?」

「しゅぎょーはたいへんだから、しばらくあえないって」

「ちゃんとおやくにたてるようになったら、おうちにかえれるようになるって」

「そう。その、修業、というのは、どういう事をするのかしら?」

「みつかいさまに、おみずをあげるんだよ」

「いちばんきれいな、かごでしかだせないおみずをあげるの」

「みつかいさま、というのは、どのようなお姿をしているの?」

「おさかな」

「とってもおおきなおさかな」

「あおくてきれーなんだよ」


 青くて巨大な魚……とは? と、イアリアは内心で首を傾げた。少なくともこのカリアリ周辺で、そんな魚、或いは魚のような生き物はいない筈だ。イアリアが知らないだけかも知れないが。

 しかし、加護……魔法でしか出せない一番綺麗な水を与えるのが修業とは、一体どういうことなのか。第一、そんなに綺麗なばかりの水を与えた所で、飲み水には適していても、生き物が住むには適さない筈なのだが……。

 と、イアリアが若干、質問を間違えた予感を感じているところに。


「それでね。みつかいさまのおからだをね。わけてもらうの」

「よりつよいかみさまのごかごをさずかるために、ときどきたべるんだよ」

「おいしーの」


 恐らく、みつかいさま……御使様についての話が出た所で、良い記憶として覚えている事を思い出したのだろう。子供達から、聞いていない内容が出て来た。

 同時にイアリアが覚えていた、そこかしこの引っ掛かりが一気に解消する。不自然だった部分、不可解だった部分の全てに理由を付ける事が出来るようになって、イアリアはフードに隠したその下で、思わず目を見開いていた。

 その予想が正しければ、「それ」は御使でも何でもない。そして同時に、子供とは言えこれだけの人数が、あれほどの出力を持つ魔法使いとして、暴走らしい暴走をしたという話を聞かない事にも納得がいった。


「そうだったの。答えてくれて、ありがとう。それじゃあ、私は仲間に合流しないといけないから、そろそろ行くわ。……いい? 私から仲間に、ここには良い子が集まっているから、大丈夫、と伝えるわ。だから、この部屋に居て頂戴ね?」

「「「はーい」」」


 最後に念押しをして、イアリアはゆっくりとその倉庫を出た。扉を開けて廊下に出て、扉を閉めた所で、ようやくマントの外に出し、上げていた手を下ろす。

 そのまま、音を出さないようにして、大きく息を1つ吐いた。そういう事だったの。と、口の動きだけで呟きを零す。


「……いえ。この目で確かめるまでは分からないし、何より、そうだとしても、どうしてそうなったのかはまだ分からないわ」


 そして、扉の向こうには聞こえないように、出来るだけ小さな声で呟き、一度自分の状態、魔薬の残りの数や場所を確認して、落ち着きを取り戻す。

 最後に一度深呼吸をして、遠くから聞こえてくる戦いの音の方向へ、使い魔を警戒しながらも、歩き出した。

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