第21話 宝石は神殿に入る

 大きな神殿には、外に繋がる秘密の抜け道がある。

 ――と、まことしやかに囁かれる噂は、半分ほどは事実だ。



 創世の女神が齎した教義においては、命には貴賤が無く、ただその役割が違うだけである、とされている。故にどのような命であっても尊重し、敬意を払い、自らの役目が来た際には穏やかな心で受け入れる事、というのが神殿における基本姿勢だ。

 故に神官となる事に生まれや育ちは関係なく、神官の位というものは、奉仕の心と真摯な祈りによってのみ決まる。……と、表向きには言われている。表向きと言うか、大半の神官にとってはそれで間違いない。

 ただしそこにも例外があり、女神、及び霊獣からの加護が授けられた場合は、それが加味される。そしてその加護と言うのは、大体の場合はその身に生まれ持った魔力の事を指す。具体例を挙げるなら、光と闇に強い適性を持った女性は、聖女と呼ばれる、という場合だ。



 そして魔力は遺伝によって持って生まれる率が上がる事が分かっていて、その為に貴族は魔法使いの血を積極的に取り入れたがる。よって強い加護を持つこと、すなわち強い魔力を持つことが神官の位に影響するので、位が上がるに従って貴族の割合が多くなるのは、ある種の必然だろう。

 そして貴族と言うのは何のかんのとその命や身柄を狙われる理由に事欠かず、神殿には規模に比例して位の高い神官が居る事が普通なので、大きな神殿程その辺りをしっかり造られなければならない。

 と言う事で、大きな神殿には、全てとは言わないが、それなりの確率で外に繋がる秘密の抜け道……襲撃を受けた際の脱出路であり、また、内部で何かがあった場合に応援を送り込む為の進入路が存在する。


「まぁ、災害の多い地域では神殿が避難所を兼ねている事もあるから、そちらの意味でも脱出する為の通路は必要なのだけど」


 なお、これが残り半分ほどの理由だ。

 まぁそれはそれとして、イアリアが教会へ向かう道中で見つけた魔法使いの居た場所は、近寄ってみればただの壁があるだけの場所だった。遠目であるから確信は持てないが、それでも協会の壁は大体白い。その前で動けば、動いた事自体は分かる筈だ。

 それが全くなかった。壁しか無いのであれば、教会を回り込む動きがある筈だ。遠くとは言え、見逃すほどイアリアの視力は悪くない。と言う事は。


「この辺りの壁だったわよね。そして秘密の通路を使うのは、その必要がある高位の神官。さっきまでここに居たのは未熟とは言え魔法使い。その上ここは、水霊獣を祀る神殿なのだから……」


 壁の場所に当たりをつけ、イアリアはポケットの1つを探るふりをして、隠した手の中にそこそこの大きさがある水属性の魔石を作り出した。そしてそれを、当たりを付けた場所へと押し付ける。

 魔石というのは、魔力が形を持ったものだ。多くは宝石のような形をとるそれは、見た目とは違って不安定なエネルギーの塊である。故に、より馴染みやすい物が近くにあると、あっさりとそちらへ溶けて消えてしまうという特徴があった。

 イアリアの手の中にあった硬い感触が、ふっと消える。そして、ただの白い壁だった筈のその場所が、ぐるりと扉の形に回って見せた。


「まぁ、水属性の魔力に反応するようになっているわよね」


 開いた隙間を通って中に入ると、壁は継ぎ目も分からない程綺麗に閉じた。ただし、内側の壁には扉の縁を示すように青い塗料で線が書いてあったので、隠す気が全く無いようだ。

 どうやら隠し扉の中は、あまり使わない物や予備の道具を置いておく倉庫として使われている部屋のようだ。普段は放置される、重要な物がある訳でもない倉庫。なるほど、隠し通路を設置するなら最適だろう。

 そして、物が多いという事は視線が通り辛く、死角が多い、という事だ。薄暗さもあって、見通しと言う意味では最悪の場所を、イアリアはくるりと見回した。当然、何が見える訳ではないが……。


「安心しなさい。私達冒険者は、何かを壊したり、誰かを傷つけたり、あるいは連れ去ったりする為に来たのではないわ」


 実際、抵抗しなければ平和に済む。それが平和に済んでいないのは、つまり力による抵抗がある、という事だった。大体悪いのは神殿側なのだが、神殿に属する魔法使いにそれを言っても信じて貰えないだろう。


「攻撃してこなければ、攻撃を返す事は無いわ。行方が分からなくなっては困るから、どこにいるかぐらいの確認はさせてもらうけれど。どこにいるかがはっきりしていて、そこから動かないなら、何もしないわよ」


 大人でも悠々と隠れられそうな物陰ばかりの部屋で、イアリアは念の為というつもりで声をかける。もしちゃんとしているなら、ここから魔法を飛ばしてきていた魔法使いは、とっくに神官に合流して冒険者と戦闘になっている可能性が高い。

 それでも声をかけたのは、神殿側が慌てていた場合、魔法使いが放置されている可能性があったからだ。なにせあれほど未熟な魔法使いは、少なくともイアリアは見たことが無い。最悪、捨て駒として使い捨てられる可能性があった。

 遠くから戦いの音が聞こえてくる中で、イアリアの言葉に対する反応は無い。たっぷり数秒は待ってみて、やはり既に移動した後か、と、イアリアが冒険者達への合流を決めた辺りで、


「!」


 ガタリ、と。部屋の中から、物を動かす音が聞こえた。

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