第5話 宝石は規律を話聞く

 何だか思っていたより親切だった門番から、冒険者ギルドへの道だけでなく周囲の店の案内もして貰ったイアリア。若干フードの下で首を傾げだが、まぁ貰えるものは貰っておこうと気にしない事にしたようだ。

 なお実際の所は、ここまで同行させて貰った商人たちがイアリアの事を「腕から顔にかけて酷い火傷の痕があり、そのせいで生まれた村を追い出され、それでもめげずに冒険者を目指している、年齢にしては腕の良い魔薬師の健気な少女」だと説明していたからだったりした。

 誤解と語弊と憶測がごちゃごちゃに絡み合って悲劇度合が上がっているが、イアリア自身はそんな風に思われている事を知らない。というか、知っていても同情を引きやすくなるから好都合としか思わないだろう。それに、経緯の大筋としては間違っていない。


「ちょっといいかしら」

「はい。ご用件をどうぞ」

「冒険者として登録したいのだけど」

「分かりました。少々お待ちください」


 辿り着いた冒険者ギルドの戸を押し開いてみると、まだ午前中だというのに酒と料理と人間の匂いでむせ返るようだった。中に居る人間のほとんどは鎧に身を包んで武器を携えているので、彼らは冒険者なのだろう。

 その中には戸を開いたイアリアを見て、マントに全身をすっぽり包んで隠した姿に眉を顰める者もいたようだ。が、イアリアはそんな視線を完全に無視。人混みをすり抜けるようにして奥に向かい、並んでいるカウンターの1つに辿り着いた。

 声をかけて端的に用を告げると、そこにいた女性はにっこり笑顔で素早く応じた。そのままテキパキと何か書類のような物を取り出してきて、イアリアの前に並べる。


「冒険者になる為には、冒険者ギルドに登録していただく必要があります。これはこの場に来て頂いているので問題ないですね。どなたかの紹介状はございますか? 無い場合はそのまま手続きを進めさせて頂きます。そして登録に際して冒険者ギルドが掲げる理念と方針及び規約に同意していただく必要があります。文字の読み書きは可能でしょうか?」


 そして滑らかに手続きの説明を始めた。口を挟む隙のない文字通り立て板に水のような言葉の群れだ。ちょっと圧倒されていたイアリアだが、最後の確認ではっと我に返ったらしい。


「読み書きは出来るわ。紹介状はないわね」

「では読み上げと代筆は不要ですね。こちらが内容と同意書です。内容をご確認の上で記名をお願いします。そしてこちらの登録用紙への書き込みをお願いします。伏せたい情報は書かなくても構いませんが書いた内容は冒険者ギルドからの依頼の斡旋方針や実力の判定に寄与します。またこの内容を冒険者ギルドが他者に開示する事はありませんが、犯罪者となった場合などは冒険者ギルドからの罰則が発生します。くれぐれもお気を付けください。それではここまでで何か質問はありますか?」


 イアリアが答えると、立て板に水の勢いで書類の説明が再開された。情報量が多い。が、どれも必要な事なので、イアリアは必死で聞き取りに集中した。

 そして質問を求められて、少し考える。……学園と学園がある街の壁を爆破したのは犯罪としてカウントされるのだろうか、と考え至って、それは出自がバレなければ良いかと隠し通すことにしたようだ。

 それ以外で気になった事は……ともう少し考えて、若干気になった場所を質問しておくことにした。


「冒険者ギルドの方から依頼を斡旋する事があるの?」

「はい。魔物の襲撃に対する防衛依頼、国からの依頼による大口の納品依頼等緊急性の高い依頼に関しては冒険者ギルドの方から参加をお願いする事があります。またそれ以外でも解決までが長引いていたり特殊な技能が必要な依頼の場合も依頼を受けて頂けないかお願いに向かう場合があります」

「……それを受けなかった場合って、報酬や罰則は……」

「基本的に依頼を受けるかどうかは冒険者側の権利であり断る事自体に罰則は存在しません。しかし冒険者ギルドから斡旋する場合は通常では解決が困難である場合が多くその分だけ報酬は多めに設定されていることがほとんどです。依頼によっては成功報酬に冒険者ギルドからの上乗せがされる場合もあります」


 すらすらすらっと返って来た回答に、なるほど、と納得するイアリア。罰則が無いのはありがたいし、報酬が多いのはもっとありがたい。もちろんその難易度と引き換えではあるのだろうが、魔薬の作成は特殊技能に入る。

 これは思ったより楽に稼げるかも、と内心で喜びつつ、イアリアはペンを手に取った。そのまま登録用紙を埋めていく。

 名前の欄には本名から一文字減らした「アリア」と。性別は女、年齢は実際より2つ少ない15歳、魔力の有無は空欄のまま、出身はこの国の南にあるエインバッシ領という地域を、そして最後の技能の欄に、魔薬作成と書き込んだ。その流れで規約とその同意書にも目を通し、ざっくりと内容を理解してから「アリア」の名前を書き込む。


「これでいいかしら」

「ありがとうございます。それではそのまま少々お待ちください」


 イアリアが書き込んだ登録用紙を受け取り目を通していく女性だが、気のせいか、その目が最後の欄に辿り着いた時に光ったような気がした。イアリアが妙な寒気を覚えている間に女性は同意書の方も確認し、それらを纏めて持ってカウンターの奥へと姿を消す。

 大して待ったと言えるほどの時間もかからず戻って来た女性の手には、何か薄い板のような物があった。イアリアの正面に戻って来た女性はその板をイアリアに差し出す。

 イアリアが両手を広げて横に並べたぐらいの大きさの板は白い石でできているようで、その真ん中に灰色の石でできたカードのような物が乗せられていた。何だろう、と首を傾げるイアリアに、女性は小さな針を差し出す。


「こちらのカードに血を落として頂けますか? 一滴で十分ですので」


 まあそれぐらいなら、とイアリアは針を受け取り、左手の小指の先を刺して血の粒を作り、それをカードに落とした。

 不思議な事に、落とした血はそのまま石のカードに吸い込まれてしまった。かと思えば、そのカードにじわりと文字が浮かび上がる。その内容は先程の登録用紙に書いたものに加え、「冒険者ランク:コモン」「クラス:魔薬師」というものだ。

 女性はそのカードを持ち上げ、首から下げられる形のカード入れに入れてイアリアに差し出した。


「こちらが冒険者である事を証明する冒険者カードとなります。特殊な魔道具により作成されている為、紛失した場合は大銀貨5枚の再発行手数料が必要です。また紛失期間中は依頼を受ける事が不可能となります。お気を付けください」

「大銀貨5枚!?」

「はい。なお支払えない場合は冒険者ギルドに対する借金、もしくは冒険者登録の剥奪となります」


 この世界のお金は基本的に硬貨であり、粗貨、銅貨、銀貨、金貨とそれぞれの1周り大きい硬貨の8種類がある。10枚で1つ上の硬貨に繰り上がるのだが……通常、1人の1日分の食費は大銅貨2枚程度。食費が安く抑えられるこのアッディルなら、大銅貨1枚でお釣りがくる。

 つまり、大体食費約1年半分に相当する大金だ。もちろん一時伯爵令嬢だったとは言え、元平民で養子のイアリアが見たことのある硬貨は銀貨まで。もちろん学園に居る間、大銀貨どころか金貨が飛んで行く物も身近にあっただろうが、それは引き取り先の伯爵家が物の形で用意していた。

 目の前の、言ってはなんだが粗末な石のカードが紛れもない貴重品であると庶民には実に分かりやすく伝えられたイアリアは、それでも差し出されたカードを手に取った。


「これで登録は完了です。依頼を受けたい場合はあちらの壁に張ってある依頼書からカードに書いてある冒険者ランクか過去に取得したランクが割り振られている物を探し、依頼書をカウンターまでお持ちください。依頼内容を改めてご説明した後受領手続きを行います。また依頼を一定数以上成功させることで冒険者ランクを上昇させることが出来ます。上位ランクに上がる場合には試験を行う場合がありますのでその場合は改めてご説明いたします。何か質問はございますか?」

「……えーっと……」


 再び立て板に水とばかりの滑らかな説明に、イアリアは流石に驚きから帰って来た。そこから少し考えて、しっかりと冒険者カードをベルトのポーチにしまいこんだ後、


「……その長くてややこしい説明回り、全部書いてある本とか無いの? 流石に耳で聞いて覚えるのは厳しいし、地味に説明の時間が長いわ。先に覚えておけば間違いも減るし、簡単に確認するだけで済むわよね?」


 と、確認を取った。

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