第4話 宝石は傷をかたって転がり込む
そこから途中の農村で魔薬と物々交換で食糧を手に入れたり、山に入って魔力で変質した植物を採取したり、商人のキャラバンに同行させてもらったりして、イアリアはコーディニア領を目指した。
その途中で出会った人々には、離れた村から出て来て冒険者になる為にコーディニア領を目指している、と説明している。嘘はついていない。ただ、貴族の養子になり、学園に魔法使いとして入学し、魔石生みになったから脱走したという途中経過を省いただけだ。
そしてその間、イアリアはずっと雨の日用の分厚いフード付きマントに顔を含めて全身を隠していた。その理由をイアリアは、魔薬を調合する時に失敗して、酷い火傷を負ったのだと説明している。
「(嘘じゃないわ。顔には火傷が無いと言っていないだけよ)」
実際イアリアの左腕には、嫌がらせの一環でわざと火にかけられていた鍋を倒されて被せられた魔薬によって、酷く爛れた火傷痕がある。そしてそれを見せてマントのフードを引き下げれば、ほとんどの人は哀れみをもってイアリアに優しくしてくれた。
学園に居る時には、火傷痕を晒せば勝手に嫌がらせ相手が怯んでくれるという事で、わざと治療せず割と便利に使っていたイアリア。どうやらこの傷跡は学園の外でも通用するようだ。
犯人に感謝する気持ちは微塵も無いが、もし報復の機会があったら若干の手心を加えなくもない気分のイアリア。
「(実際は、顔を覚えられると捕まる危険が高まるからなんだけど)」
もちろんこちらが本当の理由だし、声も魔薬を飲んで本来のそれよりやや低いものに変えている。コーディニア領は穀倉地帯であると同時、国内でありながら冒険者の活躍する機会が多い……つまり魔物の被害が多く、未開の地が点在する地域だ。
なのでイアリアの回答は極ありふれたものであり、ここからイアリアだと特定するのは、時期以外では無理がある。例えイアリアに行きついたとしても、顔に火傷があるのであれば捜索対象からは外れやすいだろう。
ちまちまとでも攪乱工作を行いつつ移動して、時々わざと進路をずれて更に痕跡を曖昧にしながら進むこと、月の満ち欠け2回分。
「……ようやくついたわね」
全体として見れば規模だけは大きくもどこか長閑な辺境の町だが、飢えにも似た熱量が潜んでいる。周囲にある農村との取引とその農村周辺の未開地に生息する魔物の素材で、そこそこに栄えているコーディニア領にある町の1つ、アッディル。
海が遠い為やや塩は高めとなっているが、野菜や穀物は農村から、肉は冒険者ギルドから気軽に手に入れられる為、大抵の食糧が安く品質の良いものが手に入る。
もちろんその周囲には丸く高い壁がそそり立っているが、これは戦争用ではなく魔物の襲撃に備える為の物という意味合いが強い。何せ魔物とは魔力で変異した動物。その変異の中には、本来動物には薄い知性と言う物を強めるものも存在するからだ。
「あぁ、お嬢さんは冒険者になる為にコーディニアに向かってたんだったか? まぁアッディルは新入りにも優しい町だ。頑張りな!」
「えぇ。ありがとうございます」
飲めば傷が癒える水薬系の魔薬や、燻せば周囲から虫を遠ざける紙状の魔薬を提供する代わりに、その馬車に乗せて貰っていた商人からそんな声を掛けられる。それにイアリアはマントで全身を隠したまま答えて、もう一度視線を正面、比較的滑らかに進む列の先に向けた。
ここまでは無事に辿り着けたし、道中で学園からの脱走者を探す話は聞かなかった。逆に学園で、超大型の魔石を必要とする新しい結界を張る道具が完成したらしいという噂を聞いたので、あのメッセージを兼ねた魔石は無事回収されたようだ。
もう学園の事は気にしないで良いとして、問題のサルタマレンダ伯爵家の方は、庶民の噂になるぐらい大々的に動いているようだった。しかしその動きは噂に聞く限りは随分と遅い。
「(けど、油断はしないわ。目立たない程度に、でも可能な限り早く信用を積み上げて、しっかり立場を確保しておかないと)」
ある意味、ここからが本番だろう。魔薬師を続けながら冒険者としての立場を手に入れつつ、魔力を使い切る。魔薬師は魔力が無くても出来るので、そこまで辿り着ければその後一生の生活保証が出来るも同然だ。
ふんすっ、と気合を入れたイアリアだが、その態度を「冒険者に憧れている典型的な若者」だと受け取った商人を始めとした周囲の大人達が、微笑ましい物を見る目を向けていた事には気づかなかったようだ。
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