第6話 宝石は初めての仕事を受ける

「本当に全部読まれますか?」

「すみません出直します」


 学園にあった、ちょっとした踏み台にも使えそうな植物辞典。必死で知識を詰め込む途中でその読破に挑戦し、そしてどうにか成し遂げたイアリア(なおその行動は学園史初の偉業として本の管理者達に記録されている)。

 だが、この世には更にその上があったらしい。そう、イアリアが望んだ、冒険者ギルドの規則一覧――それは本の形をした、背の低い机と良い勝負が出来そうな大きさの、重量兵器だった。

 ……何でこんな厚みことになったのかと聞いてみると、これは冒険者ギルドが経験してきた法と論を用いる戦いで用いる武器だから、との事だった。微に入り細を穿ち、組木細工の箱に水の一滴すら零さないような精度を求めるがごとく膨れ上がったこれらの規則は、冒険者ギルドが自由を冠として被る為に必要な歴史そのものと言えるだろう。


「ところでアリア様は魔薬の作成が出来るとの事ですが……今何かご自身で作成した魔薬はありますか?」

「えぇ、持ってるけど。これでいい?」

「拝見します」


 もちろんそんな重すぎる本を読破など出来る訳が無い。ましてや暗記なんて、何年もかかってしまうだろう。これは1回1回は長く感じても毎回必要な説明だけを聞く方が絶対に早い、とイアリアは即決断した。

 と決断した所で、受付に居て、そのまま脇にある小部屋に案内し、この本の形をした重量兵器を見せてくれた女性職員が、イアリアに確認を取って来た。隠すようなことではない、というか、積極的に魔薬師としての名は売るつもりなので、自分用に携帯しておいた、一番基礎のレシピで作れる傷を癒す飲み薬型の魔薬を渡す。

 その女性職員は防水紙を紐で縛る事で蓋をした、中に薄緑色の液体が入った小瓶を受け取ると、片眼鏡に取っ手を付けたような物を自身の目の前に構え、それ越しに小瓶にじっと視線を向ける。


「……なるほど。魔薬として成立しているどころか、性能としては申し分ありませんね」


 イアリアが、その取っ手の先に青い魔石がはめ込まれている事に気付き、どうやら魔石を使って魔法のような効果をもたらす道具――魔道具だという事に気が付いた。それも恐らく、見た物の情報を引き出すタイプの物だ。

 思わず身をこわばらせそうになったが、あのタイプの魔道具は学園でも見た事がある。一般的に魔道具は使われている魔石が多く、或いは多い程強力な効果を表す。逆に言えば、よく見ないと気づかない程度の大きさの魔石1つであれば、意識してみようと思った物以外の情報は引っ掛からない筈だ。

 なので、1つ感心したように頷いて女性職員が魔道具をしまったところで首を傾げる。イアリアとしては、むしろ手抜きをした程度の性能だ。目立ち過ぎるといらない物まで付いてきそうだったので。


「ところでアリア様。早速ですが冒険者ギルドからあなたに是非受けて頂きたい依頼があるのですが」

「報酬と難易度次第ね」

「これは頼もしい。とはいえ少なくともこのレベルの魔薬を作れるあなたにとって難しいとは言えないでしょう。実は現在冒険者ギルドでは魔薬の備蓄が不足しているのです。納品依頼としても張り出してありますが中々数をこなして頂ける方がおらず半ば放置されているのが現状でして困っております」


 魔法が無くてもこの程度なら、素材さえあれば子供ぐらいなら煮込めるサイズの鍋になみなみ一杯作った所で品質は落ちない。

 だが、魔薬を作る為に必要なのは、根気と体力もそうだが何より知識だ。そして知識と言うのは、平民にとっては貴重品の類となる。


「後程依頼書を確認して頂きますがこちらに指定する瓶に1本で銅貨3枚。納品は1度に10本以上から。買取上限は無しで調合の為の道具はこちらが用意するものを使っていただいて構いません。また材料は依頼の為に利用する場合に限り癒草の葉を1枚を粗貨1枚で販売させて頂きます」


 癒草とは、ほとんどの場所に生えているやたらと生命力の強い草だ。子供の手のひらぐらいの大きさの楕円型の葉を1対ずつ茎から伸ばし、高さは通常大人の膝程度まで伸びる。

 食べても青臭いだけで大して美味しい訳ではなく農家では雑草(邪魔者)扱いされているが、その葉を千切って傷に塗れば、ちょっとした切り傷ぐらいなら痕も残らないだろう。

 魔薬はその癒草の生命力を引き出し、傷を治す方向に伸ばす加工を施したものだ。深い傷を1度で塞ぐことはできないが、湯水のように使えば延命ぐらいの役には立つ。つまり、いくらあっても困ることは無い。冒険者のような自ら危険に飛び込む命知らずには、必須の魔薬である。


「癒草の葉1枚が粗貨1枚、ね。なるほど確かに利率としては申し分ないわ。ところで、期限ってあるのかしら? 流石に1日に作れる量の限界はあるのだけど」

「常設依頼の1つなので原則的に期限は存在しません。10本作れるたびに納品して頂ければ結構です。1日に10本を毎日でも、3日に一度でも、お忙しければ月に一度でも」

「1度に10本以上なら買い取ってもらえるのね? ところで、指定された瓶っていうのはどこで受け取ればいいの?」

「2階に許可を得れば自由に利用して頂ける生産の為の設備が整っている部屋があります。そこに備え付けてある瓶をご利用下さい。出来上がった魔薬は直接カウンターにお持ちいただいても構いませんし、職員に声をかけて頂ければこちらで運び集計と清算まで一括で行います。また冒険者ギルド側からの依頼ですので冒険者ランクを上げる為に必要な貢献値が通常の数割増しで付与されます」

「なるほど、分かったわ。魔薬が余程不足しているという事がね」


 気になったことを質問してみれば、文字通り至れり尽くせりで冒険者ギルド側の必死さが浮き彫りになっていた。これは余程ひどい状況のようだ、とイアリアは推測する。

 そこでふと思い出したのが、ここへ来る道中で聞いた噂だ。どうやら、魔物の活動が活発になっているのか、農村や商人の被害が増えているらしい。

 魔物の活動が活発になれば冒険者の仕事だし、冒険者の仕事は常に命を失う危険と隣り合わせだ。となれば、命を救う可能性がある魔薬の消耗は、進むだろう。


「……とりあえず、癒草の状態と、その設備って言うのを確認させてもらっていいかしら。あと、依頼の受注ってどうするの?」

「依頼の受注に関しては2階に上がる際に許可が必要なのでカウンターで受注手続きを行うと同時に許可を出す形となります。今回も一度カウンターに戻り受注手続きを行ってからの案内となります」

「お願いするわ」


 目立つつもりは無いが、魔薬を作れる身として、魔薬不足で死人が出ては後味が悪い。

 そんな風に考えて、イアリアはとりあえず、この割の良い仕事を受けてみる事にしたのだった。

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