第19話 宝石は見破る

 一般人にとっては逃げる事もままならない絶望の象徴である魔物へ戦いを挑み、何があるか分からない未開の地へ自ら踏み込み、己の命を賭け金チップとして富を、名声を、栄光を掴みに行く。それが冒険者だ。

 とは言えそれにも程度と言うものがあり、中には通常の職業には就けないがために致し方なく冒険者をやっている、という人間も存在する。もちろん危険に挑むことには違いが無いが、そういう人間は、より確かな安全を確保してから動く事が多い。

 そして少しでも安全を確保しようと思えば、住み慣れた土地から動く事は少なく、また気候や地形が安定して穏やかである場所に落ち着きやすい。つまりは、田舎だ。


「おい魔法使いが居るなんて聞いてねぇぞ!?」

「どうすんだ、相手に魔法使いがいるなら、このまま蹴散らされるんじゃ……」

「人間が魔法使いにどうやって勝てってんだよ!」


 なので。ここカリアリにいる冒険者は、いくらベテランと言っても、そこまで上昇志向の強い……言い換えれば気合の入った冒険者は、ほぼいない。慣れた相手である海の魔物、それに近い使い魔への対処は見事だったが、完全に想定外の事態が発生すると、簡単にパニックに陥ってしまう。

 集団の指揮を預かっている冒険者が何とかまとめようとしているが、恐怖を伴った混乱と言うのはそう簡単には拭えない。そうしている間に、また特大の水球が、冒険者達を押し潰そうとするかのように飛んできて、


「大の大人が揃いも揃って、みっともないわね」


 ドパァアン! と、派手な音と共に、爆発四散した。

 最後方で援護に徹していたイアリアが、爆発する小瓶を当てて迎撃したのだ。その派手な爆発に気を取られた隙間に、呆れたような、あるいは挑発するような言葉が、するりと滑り込んでいく。


「何よ。こんなの、後方支援職の私ですら迎撃できる、大きいだけの水の塊じゃない。桶で水をかけるのと変わらないわ」


 当然、イアリアは、ちゃんと学んだ魔法の威力を知っている。そして国が認めた魔法使いであれば、その制御と言う意味でも、教育を受けていないという事は有り得ない、という事も、知っている。

 だから分かった。確かにこれは魔法だが、きちんと学んだものではない、ほとんど独学に近いような、言葉にした通り、お粗末な物である事が。魔法は使い手の精神に大きく影響を受ける。だからこそ、この魔法の使い手が、人にその力を向けたのは、これが初めてである事が。

 確かに、持っている魔力は相当なのだろう。あれだけの水の塊は、イアリアでもちょっと気合を入れなければならない。だが。


「魔物どころか狼の1匹ですら殺せそうにないこれが魔法だって言うんなら、魔法使いって言うのは随分とお粗末な存在ね」


 出力と威力が、全く、比例していない。あれだけの水を出す程の魔力を、魔法使いだった時のイアリアが使うなら。まぁ、今回集まった冒険者達ぐらいなら、手足を串刺しにして動きを封じる位の事は出来る。

 だから、脅威だとは思えない。認められない。元魔法使いとして、こんなものをまともな魔法だと認める事は出来なかった。

 その感情をそのまま、言葉の表面だけを魔力を持たない魔薬師としての物に変えて、イアリアは言い捨てる。


「この程度で戦争が出来るんなら、包丁を扱えるだけの主婦だって英雄になれるわよ。――そんな相手に、何を怯えているのかしら。そんな体たらくで、よくそんなご立派な武器を手にする事が出来たわね。あの水の塊の何倍も恐ろしいのに、見るだけで怯えてしまうんじゃないの?」


 時間としては数秒。言いたい事を言い切って、イアリアは再び爆発する小瓶を投げた。冒険者達の頭上を通り越して投げられたそれは、使い魔の群れの只中へと落ちて、そこに地面を抉りつつ大きな穴を開ける。

 パニックになって押し込まれていた前線が、緩んだ圧に我を取り戻した。ようやく指揮を預かった冒険者の言葉も通るようになり、そのまま士気と統率という意味での立て直しにかかっていく。


「そうだな、魔薬師の嬢ちゃんの言う通りだ! お前ら、ビビってんじゃねぇぞ! 海でカチ合う血鮫の方が何倍も恐ろしいだろうが!?」

「……っそ、そう、だな。確かに、水を被った程度で死ぬ訳がねぇ!」

「血鮫に比べりゃこの程度、小魚の群れだ!」

「船じゃなくて陸なんだ! 足場は踏ん張りがきいていくらでも広がれるんだ! とろくさい水ぐらい、避けれらぁ!」


 なお血鮫とは、人間の味を覚え、船を積極的に狙うようになった鮫の事だ。他のどんな捕食者より早く人間の血の匂いに反応する上に、何か変異が起きるのか、食えば食う程知恵を付けて加速度的に厄介になっていくので、通常の鮫とは呼び分けられる。

 ともかく。魔法と縁遠い故にパニックに陥っていた冒険者達は、同じく魔法と縁遠い為に立て直す事に成功した。こうなれば、本当に殺傷力の高い魔法が撃ち込まれでもしない限りは問題なく進めるだろう。

 それを後方から確認して、後ろから近づいてきていた使い魔へと爆発する小瓶を投げて文字通り蹴散らすイアリア。その視線は、随分と角度の付いた放物線を描いて飛んで来た水球、その、大体の発射地点へと向けられていた。


(魔法使いの敵は、魔法使い。魔法の撃たれた方向を素早く見破って攻撃を叩き込む訓練が、こんな所で生きるなんてね)


 もちろんこれは魔法に限らず、小さい物は弓から、大きい物は攻城兵器まで、遠距離攻撃というものに属する武器を持つのであれば大体は習得している技能だ。

 もちろんそれを習得していたイアリアは、1発目の時点で大体発射地点に当たりをつけていた。そして2発目で、それがほぼ同じ場所から撃たれたという事を既に確信している。

 放物線を描くのは、飛距離を稼ぐためだ。つまりあの水の塊は、結構な遠方から撃たれた、という事になる。


(分かってはいたけれど、露骨と言うか、何と言うか……。踏み込む為の言い訳が増えた、というのは、歓迎するべき事かしら?)


 もうだいぶ近づいてきたとはいえ、神殿はまだ遠く。

 ……魔法使いを、国に隠して保有するのは、重罪である。

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