第8話 宝石は気付く

 そこから1日2回のペースで、1週間ほど冒険者達は地底湖での変則漁を続けた。幸い、というべきか、現在のディラージは豊穣祭の真っ最中だ。普段は保存を始めとした処理に困る肉類も、屋台に料理として出せば瞬く間に片付いていく。

 また、ディラージにおいては比較的貴重品である完全水棲の魔物の素材が大量に確保できたことにより、冒険者ギルドディラージ支部にとっては結構な臨時収入が発生したらしい。もちろんその成果は、冒険者達にも報酬と言う形で還元される。

 もちろんイアリアも、普段の依頼からすれば随分と色のついた報酬にほくほくしていた。そもそも漁の回数が1日2回なのも、夜に冒険者達がその報酬を使って祭りを楽しむためだ。


「……えぇ。だから、報酬に不満は無いのよ。楽して稼げているのだから、それはいいのだけど……」


 流石に慣れた様子で、発生した高波に爆発する小瓶をぶつけて相殺しながらイアリアは呟く。視界の先では、あちらも連日同じ作業を繰り返して慣れ切った冒険者達が、大きな板を地底湖に半分ほど突っ込んで、その上を滑らせるようにして網を引き揚げていた。

 網を引き揚げ、広い場所で開き、捕まえられた気絶している魚系の魔物にトドメを刺しては保存容器を乗せたトロッコに放り込んでいく手際は、まさに流れる様だ。連携も全く無駄が無い。

 なのだが……その冒険者達は、何と言うか、すっかり目が死んでいた。混乱もないが盛り上がりも無い、まさしく作業をしているという感じの無だけがそこにある。


「…………流石に飽きてきたわね」


 小声でフードの下に籠らせる事を意識したが、イアリアのその呟きが冒険者達の総意だろう。何せ、変化と言うものがまるで無い。いっそ大物でも出てくれば違うのかもしれないが……と思いながらイアリアは地底湖を眺めるが、それらしい影は無い。

 しかしこれも作業のように淡々と撒き餌が放り込まれると、ばしゃばしゃと派手な水飛沫が上がるのだから、地底湖に棲みついている魔物はまだまだいるようだ。つまり、仕事が終わる気配がない。

 イアリアが爆発する魔薬を投げ込んで高波が発生し、それをやはり作業のように防いで網を広げていく冒険者達も、薄々は勘づいていた。そう、この依頼は、恐らくは年単位の時間をかけてやるべきものだと。


(流石にそこまでは付き合っていられないわ。この街に腰を据えるつもりは無いのよ)


 可能なら豊穣祭の期間中にディラージを離れたいイアリア。となると必然的に、現在行っているこの作業じみた仕事に必要な要素……イアリアの場合は爆発する魔薬、これの代替方法を提示しなければならない。

 しかも自分1人だけが抜けると、他の冒険者達に恨まれてしまう。なので、やるとしたら冒険者でなくても構わない、それこそ荒事に向いていない鉱夫や鍛冶師でも出来る方法でなければならない。

 で、そんな都合の良い方法を思いつけるか、というと。


(思いつけていたら苦労はしないのよ。……本当、どうしようかしら)


 地底湖に毒の1つでも放り込んで一網打尽に出来ればいいが、この地底湖の水を大きな水源として利用する前提での依頼だ。どれだけあっさりと決着がついても、地底湖の水が利用できなくなっては依頼として大失敗である。

 と言うか、イアリアが思いつく程度の手段なら、とっくに冒険者ギルドの方で実行しているだろう。それが行われないか、行われても中断されて、この作業と化した依頼に行きついているのだから、普通の手段では不可能、という事になる。

 イアリア自身もすっかり作業のように淡々と魔薬を投げながら、その思考を半分以上対策を考える事に割いていると、ふとイアリアは嫌な予想が思い浮かんだ。


(……ちょっと待って。まさかこの地底湖、地下水脈か何かに繋がってるんじゃないでしょうね!? いえ、下手をすればどこかの河と通じている……!? だとしたら、いくらここで魔物を捕まえた所で終わりなんてある訳が無いじゃないの!)


 その予想の根拠となるのは、今も仕留められ続けている魔物の姿形だった。地底湖ないし地下水脈という場所に生息する生き物は、その環境に適応する為に、目が大きいかあるいは目が無い事が多い。何せ、光など僅かも届かない暗闇の中で一生を過ごす事になるからだ。

 だが、カリアリの冒険者達も躊躇う事なく仕留めているように、網にかかって仕留められている魔物は、ごく一般的な魚の形をしている。つまりそれは、普段は光のある場所で生活しているという事だ。

 ……繰り返しになるが、現在イアリアを含む冒険者達がひたすら完全水棲の魔物を捕まえ続けているのは、徒歩だと数日はかかる程に深い地下にある、地底湖だ。


「これは、急いで全員に相談しなければならないわね。そもそも依頼の達成条件が間違っているって事だもの」


 次の爆発する魔薬を投げながら、イアリアはしっかりと決意を固める。他の冒険者達も目が死んでしまう程度にはうんざりしているので、その推測を話せば依頼の条件を変える事には同意してくれるだろう。

 そして、冒険者ギルドとしても、絶対に達成不可能な依頼というのをいつまでも押し付ける訳にはいかないだろう。……それはそれとして、またこの地底湖の取り扱いに困る事になるだろうが、そこまではイアリアの知った事では無い。

 よし。と、冒険者ギルドに戻ってすぐに話を切り出す事を決めて、イアリアは、最後の爆発する魔薬が詰まった小樽を投げ込んだのだった。

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