第7話 宝石は地下に潜る

 冒険者ギルドのロビーで再集合して、カウンターで依頼の受理手続きを行う。一応名目としては調査依頼になるらしく、倒した魔物の数だけではなく、何か発見があったり、魔物の種類を調べたりしても報酬が変動するようだ。

 なお今回イアリアは自前の材料で危険物指定の魔薬を作ったので、その分も依頼に貢献したとして別途報酬が支払われる事になった。……と言うか、イアリアが赤字だと言い張ってごねた。


(まぁ実際は、魔力を消費できるからむしろ黒字なのだけど)


 イアリアの内心はともかく、冒険者ギルドの裏から出た冒険者達は、そのまま祭りの気配が遠い裏道を通って鉱山まで移動し、そこからはトロッコに乗って移動する事になった。地底湖は大分深い所にあるのだそうで、歩いていくとそれだけで何日もかかるらしい。

 なのでトロッコを使う訳だが……歩きなら何日もかかる距離を、1時間足らずで走り抜ける乗り物。その速度は、どれほどだろうか。しかもレールの上を走るとはいえ、全く揺れないとは言っていない。


「「「ぎゃぁああああああああああああああ!!!」」」


 結果。カリアリからの冒険者を含む大の男達が、情けない悲鳴を上げ続ける事になった。その野太い悲鳴は坑道に良く響き、若干ディラージが祭り以外の理由で騒がしくなったりしたとかしないとか。

 ちなみにイアリアは女性と言う事で、少人数いる女性冒険者と一緒に、比較的余裕のあるトロッコに乗っていたのだが。


「「「きゃぁああああああ!!!」」」

(…………師匠に運ばれる時よりはマシかしら)


 こちらはこちらで悲鳴が耳に刺さるし、風にあおられて分厚い雨の日用のマントが飛んでいきそうになるし、フードを押さえるのに必死、と、結構散々な目に遭っていたようだ。なお、本来悲鳴を上げるべきその速度に対しては、更に上を知っていたので耐えられたらしい。

 到着直後に休憩が必要になった冒険者達だったが、それでもそうかからずに持ち直したのは、流石体が資本で大体常時体力勝負の冒険者と言うべきだろうか。

 まず灯りを設置して、各自装備の点検を行い、持ち込んだ大きな網の準備をして、地底湖の周囲を確認。準備が整ったら撒き餌が地底湖に投げ込まれ、バシャバシャと静かだった水面が暴れ出したところで、網の動きに巻き込まれない位置まで移動したイアリアの出番だ。


「一応衝撃には注意して頂戴。それじゃ、いくわよー」


 地底湖のある空間はかなり高さもある上、地底湖自体は大きな穴に水が溜まった形をしていて、湖面から周囲の地面までは若干高さがある。なのでまずイアリアは大体の場所に当たりをつけて高く爆発する小瓶を投げ、それが落ちてくる場所を狙って小樽を投げた。

 学園で学んだ投擲技術はこういう形でもいかんなく発揮され、狙い通り、爆発の威力は地底湖の方向へと集中した。だがそれでも威力が威力だったのか、結構高い波が全方向へと襲い掛かって来た。


「って魔物が混ざってるじゃない!」

「ぎゃぁあああ!」

「落ち着け! ちゃんと守ってたら大丈夫だ!」

「暴れるな、切り落とせないだろうが!」


 誤算があったとすれば、その波に乗って魚の魔物が襲い掛かってきた事だろうか。イアリアは反射的に爆発する小瓶を投げて事なきを得たが、冒険者達の方はそうはいかなかったらしい。

 だが、こういう事態にカリアリから来た冒険者は慣れていたらしく、不運な冒険者の腕や体に食らいついた魚の魔物を、手早く切り払っていた。首を狙えば顎の力も緩むらしく、その後の手当てにも淀みは無い。

 そして網を広げて魔物を捕まえる冒険者は、そんな騒ぎをよそにさっさと動き出していた。波に混ざっていた魚の魔物は自分で対処したらしい。


「よっしゃ、大漁だ!」

「こりゃ重てぇな。おら、引くぞ! 手伝え!」

「いや、網なんて引いた事ないんだが……」

「ここを掴んで、声に合わせて思いっきり引っ張るだけだ! いくぞ!」


 今回使われた網は、広げると五角形の形をしているものだ。4つの角には長いロープが結ばれ、残り1つの角には投げるタイプの錘が括りつけてある。

 使い方としては、まず錘の両脇に当たるロープを引いて網を広げ、錘を真っすぐ投げて沈める。十分沈んだところで広げるのに使ったロープを岸に戻し、残っている角のロープと併せて引っ張れば、袋状になった部分に魚が捕まえられている、という事のようだ。

 イアリアが見ているだけでも随分と膨らんでいるその網は、確かに中身がみっしりと詰まっていた。若干端から零れてはいるものの、ほとんどはその場でびちびちと暴れる事もしていないので、上手く気絶させられたらしい。


「……高波対策と、後は網を引き揚げるのに、柵と大きな板が欲しいわね」


 網が開けられ、出てくる端から仕留められていく魚の魔物を少し離れた所から眺めつつ、イアリアは呟いた。この地底湖は大きな穴の形をしている。つまり、ある種断崖絶壁に近い形になっている。その角に引っ掛かった時、結構な数の魚の魔物が零れ落ちているのをイアリアは見ていた。

 大きな板を差し込んで、多少急でも斜面を作る事が出来れば、引き揚げ作業も楽になるだろう。その固定の方法はまた別に考えるとして、だが。

 どうやらこの場では仕留める事を優先して、解体は冒険者ギルドに任せるらしい。トロッコに乗せられた、かなり大型の保存容器へと、仕留められた魚の魔物がぽいぽい放り込まれている。


(それにしても、すごい臭いね……)


 地底湖の水は真水らしく、カリアリにあった慣れない匂い(潮の香り)はないが、それはそれとして生き物が大量に死んでいるのだから、相応に血の匂いはする。解体はしないが血抜きは可能な限りするし、ましてこの場所は、十分に広いとはいえ閉鎖空間だ。

 息が出来ない程ではないが、出来れば近寄りたくはない。と、イアリアは危険物を扱う都合上、離れた所で作業が終わるのを待っていればいいという現在の役割に、こっそり安堵の息を吐くのだった。

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