第6話 宝石は巻き込まれる

 そこから一度宿の自分の部屋に戻り、探索の準備を整えたイアリア。時間はまだ昼を過ぎた所で、道中の休憩でそこそこ食べていたので、いつもより確実にテンションが高いまま冒険者ギルドへと向かう事にしたようだ。

 相変わらず通りは豊穣祭の人混みで埋まっていたのだが、今度は苦にするどころか全く気にせず通り抜けていく。先程とはずいぶんな違いだ。

 そしてそんな調子で足取り軽く踏み込んだ冒険者ギルドで、イアリアの目に飛び込んできたのは。


「…………?」


 何だか随分と物々しい空気で、何故かこのディラージにおいては余所者であるカリアリの冒険者を中心として、何か話し合っている冒険者達だった。どうやらテーブルを集めたり片づけたりして、臨時の会議室のような状態にしているらしい。

 普段のイアリアなら、この時点で嫌な予感を感じて即座に身を翻し、冒険者ギルドから逃げていただろう。実際に逃げられるかどうかは別の問題だが。

 もっとも、現在のイアリアは、本人も無自覚な状態でハイテンションであり、その辺りの感覚が鈍っていたのは確かなので……。


「だから問題は、それこそ例の魔薬師の嬢ちゃんが扉を吹っ飛ばすのに使ってた、少しでも物凄く爆発する魔薬みたいな物が必要って事、なんだ、が……いるじゃねぇか!」

「は?」

「あんただよあんた! アリアの嬢ちゃん!」


 その中心になっていた冒険者……カリアリでも冒険者の指揮権を預かっていた、リチャードという冒険者が、あっさりと入り口から壁伝いに移動し始めていたイアリアを見つけて、そう声を上げた。

 当然、中心になっている人間がそんな事をすれば、周囲に集まっている冒険者もその視線をイアリアに向ける訳で。


「…………」


 そこでようやくイアリアは、自分ががっつりと厄介事に巻き込まれ、本来の予定など跡形もなく粉砕される事になるのだと気づいたのだった。


「うん? どうした?」

「……突然大声を出さないでよ。いきなりだったから、しばらく耳がバカになったじゃない。その上視線と絵面が暑苦しいのよ。全員、もうちょっと間を開けなさい」

「いきなり無茶を言うな、嬢ちゃんは」


 だが、それならそれで仕方ない。逃げられないと察するや、イアリアは即座に意識を切り替えていた。先ほどまでのハイテンションなど欠片も残っていない。むしろテンションが高かった反動でテンションは低い。……とは言え、それでいつも通りなのだが。

 思ったより「暑苦しい」という言葉は冒険者達に効果があったのか、みっしり詰まっていたテーブルの周りに隙間が出来ていた。イアリアはその隙間を通ってテーブルのすぐそばまで移動する。

 そして見えたテーブルの上には、どうやら、鉱山にある坑道が書かれている地図の一部や、何かの聞き取り結果を書き記した紙などが散乱していた。これを基に、何かを話し合っていたのだろう。


「さてそれじゃ、アリアの嬢ちゃんが来てくれたから、作戦と情報の整理がてら、状況を改めて最初から説明するぞ」


 と、口火を切ったリチャードの話によれば、どうやら何年か前、ディラージの坑道の先に、ぽっかりと口を開けた巨大な空間が見つかったらしい。それも過去最大級の広さであり、位置としても無数の坑道をそこへ繋げる事が可能なようだ。

 またそこには巨大な地底湖が存在していて、有害なガスや鉱物は確認されておらず、水も十分飲める程度に澄んでいるとの事。なのでティラージの鍛冶師を纏める鍛冶師組合は、ここに一時的に鉱石を溜めておく、中間地点を設置する事を決めたそうだ。

 ところが、問題はこの地底湖にあった。というのも、この地底湖。凄まじい数の魔物がひしめく、特大の巣となっているそうなのだ。


「……そんなにいるの?」

「相当らしい。実際挑んだ冒険者の証言が……あぁ、これだ」


 そこそこ分厚い紙の束を渡されたので、ざっと目を通してみるイアリア。フードをしっかり下ろしているので周囲からは見えなかっただろうが、ぱらぱらと流し読むにしたがって、その眉間のしわは段々と深くなっていた。

 そして最後まで読み終わると、実に嫌だ、という感じで顔をしかめている。もちろん周囲にそれは見えなかった筈だが、紙の束を突っ返す動きで察しは付くだろう。


「何で手を出したのよ。すぐに埋め直しなさいよ。バカじゃないの?」

「本当に好きなように言うな嬢ちゃん」

「他に言い方があるなら教えて頂戴。良かったわね、完全水棲の魔物しかいなくて。万が一地上に上がれる種類が混ざっていたら、今頃ディラージは壊滅してるんじゃないかしら」

「まぁなぁ。戦闘船でも沈むぞ、こりゃ」


 そして、第一声がこれである。紙の束を受け取ったリチャードも、その感想には心底同意したようだ。同じく海……水場での戦闘に慣れているカリアリの冒険者は頷きを返している。

 なお、戦闘船とは読んで字のごとく、水場で魔物と戦う事に特化して作られた船だ。大きさとしては中型であり、乗船人数としては10人程。だが船体の全てが魔物と戦う為だけに作られている為、水場で戦う事に慣れた冒険者が乗りこめば、それこそ船の倍以上ある大きさの魔物も仕留められる程の戦闘能力を発揮する。

 ディラージはその水の全てを井戸で賄っていて、近くに大きな水場が存在しない。当然、ディラージを拠点としている冒険者は水場での戦いをしたことなどない。だからその状況が分かった当時は、相当な混乱が発生したようだ。



 とは言え幸い、その地底湖に棲み付いている魔物は、その全てが陸上では動く事もままならない、完全水棲の種類ばかりだった。なのでディラージではその地底湖を封印し、そこに繋がる坑道を封鎖して、近付く者は例外なく追い払う事で被害を押さえていたらしい。

 このまま埋めてしまうには惜しく、しかし手の出しようがない。解決して利用したいが、解決の手段が全くない。という状況のディラージへ来たのが、カリアリという海辺に拠点を置いている冒険者の集団……つまり、リチャード達である。

 だから冒険者ギルドはこれ幸いと、いつもの習慣で冒険者ギルドに顔を出しに来たリチャード達を捕まえて、地底湖の魔物を掃討、そうでなくてもある程度の安全が確保できる程度に間引けないか、と、相談しに来たようだ。



 なお、実際の難易度は、先程イアリアが評し、リチャード達が同意した通りである。そして水場と言うものに縁遠いディラージに、戦闘船などと言う水辺の環境限定の決戦兵器がある訳が無い。つまり、無理難題だ。

 それでも一応、どうにか出来ないかと頭を突き合わせて考えていた冒険者達。辛うじて無謀ではない作戦を立てられない事は無かったが、それに必要な条件が揃わない……と頭を抱えていたところに、イアリアがやってきたらしい。


「……とても嫌な予感がするのだけれど、一応聞いておきましょうか。どうするつもりだったの?」

「まず餌を撒いて魔物を水面に集めて、そこにイアリアの嬢ちゃんが爆発する魔薬を投げる。衝撃で気絶した魔物を俺らが網で回収して、地上に引きずり出して全員で囲んで殴る! これなら何匹いようが問題ない!」

「思ったよりも真面目な作戦で一安心だわ。で、質問なのだけど、気絶しなかったり網に入らない程の大物が居た場合はどうするのかしら」

「その時は……ギルドに頼んでバリスタを出して貰うとかか?」

「……坑道をどうやって通すのよ、と思ったけれど、下手すれば現地で作れるわね、この街なら」


 そう。ここは鉱山都市ディラージ。金属を使う……もっと言えば大型兵器に関しては、その製造拠点の中でも堂々最上位となる。魔物の素材を組み合わせた金属弓は、この街の名産品であり特産品だ。

 なお火薬と言うか爆薬はディラージにも存在するし、実際坑道の発破や兵器にも使われている。今回それを使う話が出てこないのは、湿度の問題だ。何せ場所は地底湖、湿度が圧倒的に高い上に、戦う相手は完全水棲の魔物ばかり。水を操るものも含んだそれらを相手にするのに、濡れたら機能しなくなる爆薬は相性が悪い。

 なので問題は、作戦の要であるイアリアの魔薬なのだが……。


「……川辺を移動中に使っていた方じゃなくて、扉を吹っ飛ばした方なの?」

「そっちの方が良いな。出来ればあの小樽をずらっと用意してもらえると助かる。……もしかして、作るのに時間がかかるのか?」

「材料はともかく、作り方がかなり特殊なのは確かね。……それに、威力が威力でしょう? あまり一度に、大量には作りたくないのよ。うっかり手が滑ると地形が変わるもの。まして、豊穣祭の最中にそれは……ねぇ?」

「あ~……」


 何せイアリアは実際に、小さいとは言え、あの魔薬で山1つを吹っ飛ばしている。手が滑る事は無いだろうが、取り扱いには細心の注意を払っておきたかったし、そもそも大量に持ち歩きたくなかった。

 そして取っ手を着ければジョッキになる程度の小さな樽で、木製とは言え見上げるような大きさと、大の大人の手の平より分厚い扉を吹き飛ばしたのは、カリアリから来た冒険者なら知っている。

 そんな実に実感のこもった理由に、リチャード達カリアリの冒険者が納得しているのを見て、ディラージの冒険者達と、冒険者ギルドの職員達もその「万が一」を想像できたらしい。


「と言う訳だから、1度に作るのは、これぐらいの樽に5個まででいいかしら」

「まぁしょうがないな。それに袋叩きにするだけとは言え、大物がいるかも知れないんだ。慣れない場所でそれなんだから、備えるんなら体力は余らせといた方が良い」


 イアリアが指定したのは、カリアリの冒険者の前で大扉を吹き飛ばした時と同じ大きさの樽だ。作る時間自体は1時間ほどで良いとイアリアが言ったので、とりあえず今から作るのは3個。その間に他の冒険者は準備を整える、という話になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る