第9話 宝石は話し合う

「地底湖が」

「外の水場と」

「繋がってる可能性ですかー!?」


 1週間ともなればそろそろ慣れてきたか、高速で移動するトロッコに乗っての行き来でも然程悲鳴を上げなくなってきた冒険者達。しかし冒険者ギルドのロビーに集団で辿り着き、計算された報酬を受け取る段階でイアリアが口に出した推測には、流石に全員が驚いたようだ。

 そして同じく冒険者ギルドの職員たちも驚いている。どうやら、その可能性がある事をさっぱり考えていなかったらしい。……まぁ場所が場所な上に、ディラージは近くに大きな水場が無い。普通は想像できないだろう。

 とは言え、驚きの声が上がったのは、イアリアの推測が荒唐無稽な物だったからではない。むしろその逆、冷静になれば十分考えつける範囲の事だったのに、その可能性が抜け落ちていたからこそだ。


「いや、そうか。そうだな。あんな日の光が少しも届かない場所と、1日中空が見える場所とで採れる魚が同じって時点でおかしいんだ。海と河ってだけでも見て分かる程形も大きさも変わるのに、そりゃそうだ。あぁくそ、何で気付かなかった!」


 と、頭を抱えて叫ぶリチャードの叫びが、その場の全員の心情だっただろう。……イアリアは内心、半分ぐらいあのトロッコのせいじゃないかしら、と思ったが、それは口に出さなかった。

 ここまでの苦労は何だったのかという空気も出ているが、それについては報酬が支払われているのでまだ納得できる。問題はここから先の話だ。



 現在の依頼は、地底湖に棲みついた魔物を、一定数以下に減らすというものだ。これは地底湖が独立した、最低でも人間に害をなす魔物が通れない経路のみで繋がった水源だという前提のもとに設定されている。

 ところが、地底湖は外部の水源と、魔物が十分に行き来できる経路で繋がっていることがほぼ確定した。つまりいくら地底湖で魔物の数を減らそうとも、外部からいくらでも流れ込んできてしまう。

 よってこの依頼をこの条件のまま達成しようと思うのであれば……少なくとも、この国の周辺から、真水に生きる完全水棲の魔物を駆逐する必要があるだろう。そしてそんな事は、不可能だ。



 カリアリの冒険者達やイアリアといった外部の人間は当然として、ディラージの冒険者達も、永遠に終わらない依頼を受け続けるような生活はごめんだろう。毎日地底湖へ向かい、1日中作業染みた魚の魔物の捕獲をするというのは、もはや冒険者ではなく漁師だ。

 しかし地底湖は散々ここまで冒険者達が魔物を捕まえてきた通り、完全に魔物の巣窟となっている。流石にその中を突っ切って、外部へ繋がっている場所を特定する、何てこともまた不可能と言わざるを得ない。

 イアリアも考えてみたが、いい考えが浮かんでいればさっさと自分が手を引く口実にしている。他の冒険者や、冒険者ギルドの職員たちも同様のようだ。職員の方はともかく、冒険者の方は頭を使うのが苦手な人間も多い、という理由もあるが。


「いやー、困りましたねー……。とりあえずー、この案件は冒険者ギルドディラージ支部の支部長に持って行きますのでー、この場は一旦解散と言う事でー。お疲れ様でしたー」


 当然、この場で相談した所で答えが出る訳が無い。これは依頼を受理した冒険者ギルドの上層部と、依頼を出した大元である鍛冶師組合に判断を仰ぐしかない、と判断した職員達により、その場は解散する事となった。

 もちろんイアリアも、自分が泊っている宿の部屋へと帰る。全く賑やかさが衰えない通りの屋台で夕食を買って、部屋の扉をしめて鍵もかけてからのんびりと食べ始めた。


「……諦めてくれればいいのだけど、諦めないでしょうね……」


 多少行儀は悪いが、もごもごと食べながら呟くイアリア。何をと言えば、当然あの地底湖をであり、誰がと言えば、冒険者ギルドと、鍛冶師組合だ。

 イアリアとしては、さっさと諦めて依頼を取り下げてくれればいい。何せ十分稼ぎは出来たのだ。廃棄された坑道を探索するという目的もあるのだし、それにどれだけ時間がかかるか分からない以上、早く取り掛かってしまいたかった。

 だが冒険者ギルドと、冒険者ギルドに依頼を出した鍛冶師組合はあの地底湖を諦められないだろう、とも思っている。何せ立地条件としては最高のものが揃っているのは間違いないのだから、何としてもあそこを中間地点にしたいのだろう。


「何年も対処療法的に封鎖したままだった、という事と、外部の人間相手ですら食い付きが早い、という時点で、その執念が垣間見えるのよ」


 もういっそ、魔物避けの効果を主軸にした毒でも作って地底湖に放り込み、毒に染まった水を中和する魔薬を教えるとかでもいいのでは? と、かなり過激な方法に思考が行きかけたイアリア。やろうと思えば本当に出来るというのが恐ろしい。

 まぁともかく、依頼の条件を変更するなり、依頼を取り下げるなり、それは冒険者ギルドと鍛冶師組合が考える事だ。流石に依頼の達成が不可能な条件になっているというのは分かる筈だから、このまま強行する事は無いだろう。


「……もし強行しようものなら、たっぷりの毒を投げ込んで強行突破ね。流石にカリアリから来た冒険者は味方になってくれるでしょうし」


 イアリアはそんな、実に物騒な事を割と本気で呟いていたが……どうなるかは、実際に話を聞いてみなければ分からない。

 念の為に対人用の魔薬の準備を整え、万が一に備えて、イアリアはさっさと眠る事にしたのだった。

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