第10話 宝石は察する

 翌日。

 イアリアは何とか朝寝の誘惑を振り払ってここ1週間と同じ時間帯、すなわち通常の冒険者が動き出す時間に冒険者ギルドへとやってきた。

 正直に言えば久しぶりにのんびりとベッドで朝寝をするという贅沢を満喫したかったし、ある種街の開発に直接関わるような案件に関する話が昨日の今日で決着がつく訳が無い、と思っていたのだが、それでも念の為というやつだ。


「……え。解決した?」

「はいー」


 だったのだが。半ば以上喧嘩をしているように騒ぎながらより条件の良い依頼を奪い合っている冒険者達に若干首を傾げつつカウンターに辿り着き、そこで昨日の件についてイアリアが聞いてみた所、地底湖の問題については既に解決したという回答が返って来た。

 イアリアからすれば、訳が分からない、の一言に尽きる。どう考えたってあの地底湖の問題は、年単位、下手をすれば何十年という時間をかけて取り掛かるべきものだ。それが、たった一晩で解決するとは、一体どういうことなのか。

 流石にあの地底湖に影響が出る程の何かがあれば、夜中であろうと何だろうと気づいて跳ね起きるぐらいはしている筈なのだけど……とフードの下で呟いたイアリアを見て、冒険者ギルドの女性職員が言う事には。


「現在ディラージには、豊穣祭を執り行う主役として王族の方が来られておりますー。問題の大きさが大きさでしたのでー、鍛冶師組合の代表者が嘆願書を提出したようですねー。それが受理されたのかー、その警護として来られていた魔法使いの方が解決してくれたようですよー」

「…………ようですよ?」

「はいー。どのように解決したか、という説明が一切無かったのでー、現在鉱山の状態の調査中ですー」

「はぁ、そうなの。魔法って便利ね。……で、地底湖はどうなったの?」

「とりあえずー、現在は水気が一切なくなりー、溶岩で満たされているようですねー」


 との事だった。……水場があるから中継地点に、という話だった筈だが、それが溶岩に取って代わられていては、結局あの巨大な空間を中継地点にする計画は頓挫しているのではないだろうか。と、思うイアリア。

 が……気になるのは、王族の警護として来ている魔法使い、だ。一応イアリアも元魔法使いなので、魔法を使ってどんなことが出来るかはある程度分かっている。そんなイアリアから見て、水が溶岩に変わっている、という現象は。


(……有り得ないわ)


 それこそ、おとぎ話の奇跡でも見ないような、デタラメなものだった。

 到底信じる事など出来る訳が無い。確かに魔法とは、身の内の魔力を消費して現実を上書きする技術だ。だが、だからこそそこには限界と言うものが存在する。

 その限界を越えれば最悪命すら落としてしまう。イアリアも学園で言葉が耳に張り付いてしまう程、何かにつけ繰り返し「自分の限界を知るように」と言われていた。それだけ魔力と言う物を扱うという事は、難しいのだ。



 だが。

 何事にも。例外、というものは、存在する。



(――――師匠以外・・・・なら)


 イアリアの脳裏に浮かぶのは、ザウスレトス魔法学園の理不尽な人々と毎日の中、唯一、悪意と言う意味では全く警戒しなくて良かった人物だ。

 古くから続く魔法使いの慣習として、「師弟制度」というものがある。ザウスレトス魔法学園でもこれを採用していて、在学している生徒は「弟子」として、教師となる魔法使いを「師匠」と仰ぎ、より個人に合わせた専門的な指導を受ける事が出来る。

 イアリアは入学当初その辺りを何も知らなかったのだが、初めて女子寮に向かう途中で迷子になり、そこへふらっと現れたその人物に誘われるまま「弟子」になって、そこからずっとその人物の事を「師匠」と呼んで、イアリアにしては無自覚でかなり慕っていた。



 つば広の黒い三角帽子に、足首まである黒いマント。その下は魔薬を入れるポケットの付いたローブと、何かの見本から抜け出てきたように基本に忠実な魔法使いの姿をしたその人の名は、ナディネ。

 僅かな光にも輝きを返す金の髪と、同じくらい輝く琥珀色の瞳。何か昔にやらかしたらしく左腕が無いが、それを補って余りある魔法の腕前と湧いて出てくるかのような魔力を持ち、気軽な感じで無茶苦茶な難易度の魔法を振り回す天才。

 そして、一体どれほど生きているかも分からない程長年、全く変わらない容姿と実力で魔法使いの頂点に君臨し続ける……人呼んで、「永久とわの魔女」だ。



 ちなみに、イアリアの「師匠」ことナディネに対する認識はというと。


(師匠ならやる。絶対にやるわ。話を小耳に挟んだからちょっと散歩するのりで地底湖に行って鼻歌でも歌いながらちょちょいっと杖を振ってそれぐらいはやらかすわよ! というか、師匠以外にこんな滅茶苦茶が出来る魔法使いなんている訳ないわ!!)


 ……なかなかに酷かった。

 ちなみに事実かどうかを言うのであれば、残念ながらイアリアの推測は大正解と言うべきだろう。事後報告を受けた警護対象である王族が頭を抱えていたのは別の話だ。


(って、そうじゃない。そこじゃないわ。いくら師匠でも仕事中なら地形を変えない程度には自重するでしょうし。そうじゃなくて――)


 イアリアはこの時点で、「師匠」であるナディネがディラージに滞在している事を確信している。

 分厚い雨の日用のマントに全身を隠し、しっかりとフードを下ろして顔を隠し、その上で、へぇそうなの。という感じで小首を傾げて見せつつ、イアリアはその内心で、大変焦っていた。


(――マズいわね)


 と、言うのも。恐らく一般的には知られていないが、イアリアは知っていた。ナディネという隻腕の魔法使いは、天災に近い天才であり、あまり他人に興味を示さない。なんなら湖の1つを消し飛ばしても、戻せばいいんでしょ? とばかり反省する事は無い。実際に戻せるから問題になっていないだけで、性格は難物なのだ。

 だが、そんなナディネが唯一執着し、構い倒し、文字通り相手が溺れる程の愛を注ぐ存在がある。もちろん、そんな明確に過ぎる弱点は一般には知られていないだろうし、イアリアを含むナディネの弟子達は一生懸命隠していたのだが。


(あの弟子バカに見つかったら、絶対に厄介な事になるじゃないの……!!)


 それは、ナディネ自身が声をかけ、自らの弟子として迎え入れた人間だ。もちろん、その中にイアリアも含まれる。

 ……そして、「永久とわの魔女」などと言う超をいくつつけても足りない大物との接触は、現在逃亡生活中のイアリアにとって、文字通りに致命的だった。

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