第18話 宝石は逃走する

 何かが割れる音。その直後に起こる変化。莫大な魔力の噴出。通常では絶対にありえない、ただの人間が魔法使いになるという現象。

 しかし。


「馬鹿の1つ覚えね」


 イアリアがその現象を見たのは、これで3度目だった。

 だからこそ、何かが割れた音の直後に後ろに下がっていたし、対人と言う事で最初に選んだ接着剤の瓶ではなく、爆発する小瓶に構える指先を変えていた。

 そして構えたという事はそれを即座に抜き撃てるという事であり、またイアリアは、邪神の能力には特定の脆弱性がある事を知っていた。すなわち。



 邪神の能力は、非常に強い光を浴びれば弱化、解除できる。



 山が揺れた際……恐らく目の前の壮年の男が、あの山に食い込んでいた部屋で大量の火薬に火をつけたのだろう……イアリアは自作の、大きな箱の形をした魔道具に掴まって転がり落ちる事を防いだ。

 その魔道具は特定の属性の魔力を集めて中和するものであり、その属性は闇。よって中和に必要な魔力は光属性のものであり、白い宝石のような形をとる光属性の魔石が大量に使用されていた。

 本来の場所、箱の中に入っている分はともかく、山が揺れた際にその半分ほどは外へ転がり出ている。そして魔石は固形化した魔力であり、使用した人間の意思によって世界を上書きする事が出来る。


「ぁぁあああああぁああああああっっ!!?」


 イアリアは、後ろに下がりつつ、爆発する小瓶を自分がいた場所の少し先へと投げていた。衝撃を与えると爆発する。そのように調合された魔薬はその効果をいかんなく発揮して、ズドン! と大きな爆発を引き起こした。

 なおかつ、その周囲にあった光属性の魔石もその爆発に巻き込まれ、爆発する魔薬に巻き込まれるあるいは爆発させるというイアリアの意思が伝播する形で、同じく炸裂。現実の上書きで発生したのは、瞬間的に世界を塗り潰す程の閃光だ。

 もちろん爆発する小瓶を投げると同時にイアリアは強く目をつぶり、マントを掴んだ手でフードの上から顔を覆っていたが、それでもしばらく何も見えなくなる程の光が発生したのは分かった。となれば当然、渦巻く魔力こそあっても、目を見開いていた男がその光を防げる訳がない。

 それでも男を完全に無力化できたとは思っていないイアリア。爆発する小瓶を投げた手はすぐ次の魔薬の瓶へと添えられていて、閃光が収まればすぐに目を開いて状況を確認するつもりだった。


「あ、ゲッ?」


 ただ、予想外だったのは……恐らくは至近距離で強い光の直撃を受けて、酷い悲鳴を上げていた壮年の男。恐らくは邪教の神官だろう男のいる場所から、ゴキンッ、と、非常に嫌な音が聞こえた事だ。

 その音が聞こえたと同時に男の悲鳴も不自然に途切れる。それを確認した瞬間、イアリアは全力で後ろへと走り出していた。

 強い光も背にしてしまえばただの灯りだ。そもそも、あの閃光はそう長く続くものではない。イアリアがいくらも距離を稼がない内に、周囲はイアリアが打ち上げた魔法的照明弾で照らされる光景へと戻っていった。


「あ、イアリアい、たぁ!?」

「今の光はなん……っ!?」


 そして、爆発音と閃光は距離があっても届いたのだろう。イアリアが合流してこない、つまり何か問題が起こったとみて探してくれていたらしいシエラとドゥラスが、見えにくい山の斜面を回り込んで姿を見せ……イアリアの後ろを見て、ぎょっと顔をひきつらせた。

 もちろんイアリアは振り返る事はしないし、足も止めない。その様子を見て、2人もすぐに身を翻して走り始めた。


「後ろの、どんな化け物!?」

「見てないの!?」

「あれは生き物なのか!?」

「元はたぶん邪教の神官よ!」

「元って……」

「いや、先に合流だ。あれはせめてリーダーがいないと無理!」

「いたってリーダー物理だと死ぬじゃん!」


 ここまでの会話というか感想で、既存生物からは遠く、しかし印象としては巨大でパワー型、と大凡の要素を推測したイアリア。大きな岩を回り込んでいく途中で、ようやく少しだけ後ろを振り返った。



 元はぼろぼろにも見える黒い服を着ていた壮年の男。それが何らかの手段で大量の魔力を手に入れ、恐らくは人為的な魔力暴走を起こし、そこで更に何かの干渉を受けた結果そこに出現したのは、確かに少なくとも見た目には生物とはとても思えないものだった。

 ほとんど完全な谷に戻った場所にまだ浮かんでいる照明弾の光を反射するのは、鉄の塊の中に銅を斑に混ぜたような、どこからどう見ても金属の表面だったのだから。

 しかしその金属塊のようなものはところどころ捻じれて枝分かれし、横倒しになった枯れ木のような形になっている。そして、その金属の枯れ木のようなものは、その先端を更に伸ばしつつ、ぶんぶんと振り回していた。



 なるほどこれは確かに、生き物とは思えない、かつ、魔法の一切が効かないノーンズであっても防げそうにない化け物だ。とイアリアは納得しつつ、大岩を回り込み、あるかどうか分からない視線を切ったところで呟いた。


「……動いている根元を錆びさせれば勝手にバラバラになるかしら」

「金属を錆びさせる薬とかあるの?」

「何でもありだな……」


 なおそれに対するシエラとドゥラスの反応はそんな感じだったが、もちろんイアリアは対策の為に頭を回していたので、スルーした。

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