第17話 宝石は確認する
そのまま、時々魔石を使った照明弾を追加するだけで様子を見る事に徹していたイアリアだが、ちゃんと確認するべき事は確認していた。
具体的には、まず、アクレーが地面に縫い留めて無力化した8人を元々山だった場所まで退避させて、改めて拘束した事。次に、崩落の中に人間が巻き込まれていない事。そして、崩落が出入口となる小屋に届く前に、ノーンズ達が5人揃って飛び出して来た事だ。
ただ、飛び出して来た直後ぐらいに小屋が崩落に巻き込まれていたので、かなりギリギリではあったのだが。それでも、突入する為に通った場所、罠を解除して進んだ道は崩落とは逆側だったので、何とか逃げ切る事が出来たようだ。
「で」
脱出が確認できた、という事で、既にアクレーは5人との合流に動いている。だからイアリアも速やかに合流して話を聞き、情報を共有し、マジックバッグを返してもらうべき、なのだが。
「随分と早い逃げ足をお持ちのようだけれど、どちら様かしら?」
イアリアは、ちゃんと見ていた。
恐らくそれは小屋の下に作られていた構造物の中で、最下層或いは最奥に位置する場所。イアリアがいる山と、平地だった谷を挟んで向かいにある山に半分ほどが食い込む形の部屋があった事を。
その部屋が、陰になっているだけにしては、随分と黒ずんでいる事を。崩れていくその部屋の輪郭が、崩れる前から随分とガタガタであった事を。
何より。
その奥に、もう1つ部屋があって……そこに、魔力の余剰、大規模な魔法を使った際にロス分が発光するという形で、何かの魔法が発動した痕跡が残っていた事を。
「……居場所を明らかにした上で、単独行動を続けるのは悪手だったな」
「いきなり名乗りも無しにご挨拶ね」
ベルトに手をやったのは、そこにある筈のマジックバッグが無い事を確かめる為、ではない。マジックバッグがあった場所も含めて並べられた、戦闘用の魔薬を抜き撃つ姿勢をとる為だ。
つまりは警戒を越えて、戦闘態勢に入る為。すなわち敵と戦う為で、戦える距離に敵がいるという事。そして今の今まで何の気配も無かったそんな至近距離に、突然出現する方法など、魔法ぐらいしか存在しない。
もっとも、魔法だとしてもその難易度は非常に高い。転移……空間を越えるという事象の上書きに必要な魔力、そのイメージ。なおかつ、実行したとしても、転移先に何かがあって「重なって」しまった場合、何が起こるかは分からないのだ。
「とはいえ――信徒を見捨てて拠点を爆破、崩壊。自分だけさっさと逃げ出すような卑怯者ならそんなものかしら」
「貴様……っ!」
「怒ったって事はそれが事実だったって事かしら。違うのなら否定して見なさいな、真っ当に生きる苦労を嫌って楽な反則に手を出した落伍者さん?」
そして。その転移を実行し、少なくとも見る限り……黒い布地を重ねた、というより、端切れを縫い合わせたような、やけにひらひらしている上に、恐らくは分厚くサイズも大きな服を着ている、壮年の男。その姿に傷らしきものはない。
だがイアリアが言葉で牽制してみても唸り声を上げるばかりで、それ以上何を言う事も無ければ動く様子も無い為、もしかしたらどこかに反動や痛みが出ているのかもしれない。
……もしくは、と、イアリアはフード付きマントの下に隠した手で、いつでも魔薬を抜き撃てるようにつまんでいた指先を、別の瓶へ変えた。
「……何故だ」
イアリアの牽制によって煽られた壮年の男は、恐らくは怒りで呼吸を荒くしながらも言葉を発した。
「何故、長らくお仕えしてきた己ではなく、貴様のような信心の欠片も無い小娘なんぞに「寵愛」の資格がある……!」
もっとも、その絞り出すか唸り声を人語に変換したようなそれの内容は、全く意味の分からないものだったが。
まぁしかし、目の前の男が邪教の信者であるのはまず間違いない。となると「寵愛」というのも邪神からの何がしかだろう。そして邪神は私利私欲からなる祈りを集める為に先代の魔王が作り上げた宗教より生じた神である。
つまりは「寵愛」というのも、自分を最優先とし、他を顧みないどころか積極的に害していく人間に都合の良い何かだ。
「馬鹿馬鹿しい。何が「寵愛」よ。神様に支えてもらって助けてもらってようやく生きていけるなんて、そんなの立って歩けもしないような生まれたての子供の扱いじゃない。いい加減乳離れしなさいよ、恥ずかしい」
「なん……っ!!?」
故に、イアリアは切って捨てる。これまで受けた理不尽によって磨き上げられた、非常に鋭利な言葉の刃で。
「それとも邪教って言うのは、神様を母親代わりに何もかも世話してもらって赤ん坊のように過ごす為の集団な訳? 大の大人が大勢集まって? それでいくと狂魔草は自分が赤ん坊だって思い込む為に必要なのね。だって幻薬には「非常に都合の良い幻覚を見る」効果があるものね」
「きさ――!?」
激高し、半ば以上言葉になっていない叫びを上げる男に対して、イアリアは警戒を一切緩めることなく、フードに隠したままの顔で、はっ、と鼻で笑ってみせた。
「あなた、可哀想ね。頭が」
瞬間。
「言わせておけばぁああああああああっっ!!」
とうとう怒りが限界を超えたらしい男が叫び――イアリアは、バキッ、と、何かが割れる音を聞いた。
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