第5話 宝石は決断する

 そして、イアリアの体内時計で1週間後。


「流石に複雑にすぎないかしら。この地下洞窟」


 あまりに長期間太陽の光を浴びないと、人間はおかしくなる。それを学んで知っていたイアリアは、一度日の光が差す穴がある行き止まりへと戻ってきていた。体内時計というのが簡単に狂うものだと知っているのもある。

 細い太陽の光を浴びながら、ここまで探索した範囲の簡単な地図を、ちゃんとした地図に起こして書き直していたイアリア。もちろんそれでも正確とは言えないのだろうが、少なくとも現在位置を見失う事はないだろう。

 なお、ここまでイアリアが足を運んだ範囲だけで、既に枝分かれの数が百を越えている。行き止まりの数はそれ以上で、外に出られる道は見つかっていない。


「行き止まりが多いのは、この辺りが洞窟における端だというのならまだ納得できなくもないけれど……」


 アリの巣だってもうちょっとマシだろう、という程に複雑な手書きの地図を見て、音が響いて遠くまで自分の存在を知らせかねないため、出来るだけ減らそうとしていた独り言が止まらないイアリア。

 ただ、探索するだけなら簡単な、それこそ距離と分かれ道が文字で書かれただけのものでも十分だ。それをわざわざ地図に起こした、すなわち一次元の情報を二次元に直したという時点で、イアリア自身も嫌な予感がしていたのだろう。

 そして、その嫌な予感は、手書きながら一応ちゃんとした地図を改めて確認する事で、形になった。


「……それにしたって、広すぎよね。何の目的で作られた洞窟なのかしら。枝分かれがあちこち繋がって、絡まって切るしかなくなった網みたい。というか、これはもしかしなくても、わざと迷わせるような作りなんじゃないかしら」


 そう。いくら何でも、あまりにも複雑すぎたのだ。ところどころ目印を付けているから上下でずれているのに地図上は合流している、みたいな事にはなっていないが、目印がなければそうなっていた可能性がある程度には。

 何せ、こうしてある程度地図らしく清書しても見辛い事この上ない。地図にしたはずなのに落書きのような有様は、これで端から始めている、つまり多少は書きやすい場所の筈だというのが信じられないだろう。

 とはいえ。イアリアは自分で書いた手書きの地図を見て、もう1つの嫌な予感を確信に変えていた。それはつまり。


「それに、やっぱり西に進むほど、だんだん深くなっているわよね。一応太陽が見えているから方角は間違っていないし」


 西。つまり現在地点がサルタマレンダ伯爵領のどこかであるとほぼ確定している以上は、隣国、パイオネッテ帝国がある方角だ。その境界線となっている山脈がある場所でもある。

 そこに向かって、だんだん深くなっていく洞窟。それも恐らくは人工的なもの。もちろん現在位置が詳しく分からない現在、確定的な事は何も言えない。が。


「……何らかの工作跡地か、侵入路か、それともどこか隠したい施設に繋がる秘密の通路の可能性が上がって来たわね……」


 これが、何かしらの厄介事に直接つながっている場所である、というのは、ほぼ確定した。他には説明がつかないとも言う。

 ここでイアリアはちょっと考えた。それはつまり、ここからもこの地下洞窟(人工物)の探索を続けるのか、確実に地上に繋がっているあの穴を拡張して外に出るかだ。



 正直に言って、外に出てしまった方が安心はできるだろう。そこがどこであれ、仮にも領主の娘として様々な知識だけは詰め込まされた。エルリスト王国西部に関しては、他の地域より詳しい自身がある。

 それに外に出ていた方が、師匠であるナディネにも見つけてもらいやすいだろう。あんな騒ぎになったのだから、どこかの村に立ち寄って、冒険者ギルドに顔を出して無事を知らせるべきだとも思う。

 というか、この地下洞窟が人工物であるのはほぼ確定しているし、そこに険悪な関係の隣国が絡むのであれば、現在魔力が全て魔石に変わる魔石生みになっているイアリア1人の手に負える話ではない。もっと偉い人間に任せるべきだ。



 というのは、十分に分かった上で。


「…………何でかしらね。ここを放置すると、とても、とてもよくない事が起こる気がするのは」


 深々とため息をついて、イアリアは、地下洞窟の探索に本腰を入れる覚悟を決めたのだった。

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