第15話 宝石は疑われる

 どうやら案の定、冒険者ギルドの裏手に大きな樽が3つ並べて放置されてあったらしい。それを発見して調べた冒険者によれば、山賊の類が良く使う罠が仕掛けてあったとの事。それも、調べようとすると起動するパターンと、時間がくると起動するパターンの両方があったらしい。

 だが本当によくある形だったので、冒険者にとっては慣れたものだったようだが。特に周囲に見張りがいるという事も無く、仕掛けさえ解除してしまえば回収も容易。中身も特に何の変哲もない、赤い粉の火薬だったとの事。

 あまりにもよくある形だったので、冒険者たちはそのまま、グゼフィン村の中央部……これも村という形容に全くふさわしくない、作戦司令部と呼ぶべき建物まで行き、そこを守っている守役騎士に許可を取って、その周囲を探索してきたらしい。


「まさか樽で10個もあるとは思わなかったけどな」

「ここの3倍かよ」

「しかも5個ずつ2ヵ所だってよ」


 許可を取る、と言っても、当然ながらそんな動きをするには守役騎士の同伴が必要だ。という事は当然、それだけ大量の、それもしっかりと細工が施された火薬が仕掛けられていた、という事実が、グゼフィン村の上にも知らされる。

 ここで問題なのは、火薬そのものではない。もちろんそこに施されていた仕掛けでもない。当たり前だが、火薬が仕掛けられていた、という事だ。

 何故なら冒険者ギルド周辺はともかくグゼフィン村の中央部となる建物は、定期的に守役騎士が見回りをしているからだ。火薬が仕掛けられていたのはその見回りルートから少し外れ、影になっていた場所だとはいえ、流石に守役騎士が全く違和感を覚えないとは思えない。


「面倒な事になって来たわね……」


 すなわち。既に、山賊の一味、あるいは何らかの理由で協力者となった人物が、グゼフィン村の中に潜んでいる、という事だからだ。要するに、裏切り者もしくはスパイである。

 元々、仲間に冒険者のふりをさせて先に村へ送り込み、内側から門を開けるという手段を使っていた山賊だ。その存在が知られれば、真っ先に疑われるのは冒険者たちだろう。

 だが実際の所、冒険者がスパイになる可能性はかなり低い。何故なら、冒険者カードがあるからだ。身分証明でもあり、今までの依頼の達成履歴や支部の移動履歴を見れるそれは、冒険者ギルドの側で特別な操作をする事で直近の移動履歴を参照する事も出来るらしい。


「まさかの発信機になるとは思っていないわよ……もっとも、だからこそ、怪しい動きをしていない冒険者をそうそうに絞り込めたんでしょうけど」


 なおイアリアにその話が伝えられたのは、例によって宝石3つの威光があった事に加え、どうやらかなり長い期間を遡って調べられるらしいその移動履歴で、この近辺に突然現れた事が証明されたからだ。

 説明は簡単に、何らかの魔力暴走に巻き込まれた、とだけ伝えたが、これは冒険者に限れば割とよくある事だったらしい。特にそれ以上の追及は無かった。まぁ追及されると困るから、イアリアとしても助かったのだが。

 なので現在、冒険者ギルドの方では、まず火薬の樽を捜索に向かった冒険者を。次に、野生動物の襲撃へ対処していた冒険者を。そして今は、村の中で手伝いをしていた冒険者を調べている筈である。


「ま、とりあえず今の所、明らかに怪しい場所に行ったり留まったりしている冒険者はいないようだけれど」


 もちろん移動履歴だけで疑いを晴らす訳にもいかないのだが、それでも優先度は下げられる。いざ何か起こった時に、信用できない相手に重要な仕事を割り振る可能性が下げられるのだから、まだマシだ。

 まぁそもそも、冒険者は大量の物資の輸送に向いていない。何故なら個人が携行できる荷物の量には限界があり、仕掛けられていた火薬は、その限界を軽々と超える量だったのだから。

 イアリアが持っているような、大容量の内部空間拡張能力付きの鞄、マジックバッグという例外もあるにはあるが、これは活用も悪用もいくらでも出来る分だけ、所有するのがとても難しい。というか、所有していれば、少なくとも冒険者ギルドは絶対に把握している筈だ。


「だから私が真っ先に疑われて、念入りに調べられたんでしょうけど」


 とはいえ、イアリアの行動は、少なくともグゼフィン村に来てからはほぼ変わらないし、その大半を冒険者ギルドで過ごしている。宿も信用が置ける場所だし、そもそも目撃者が多い。

 そしてグゼフィン村に来る前は、ハイノ村の近くに突然出現し、そのまま冒険者ギルドハイノ村支部へ行って、流れるように護衛として村を出ていた。

 なので、疑いの余地がない。これで山賊の一味だったら、もうどうしようもないともいう。というか、それを抜きにしても、イアリアが山賊の一味だった場合、作った魔薬が全部使えないので、かなり苦しいだろう。


「まぁそんな事は無いのだけれど」


 イアリアにとって盗賊の類は、敵である。それも積極的に攻撃をする、容赦も加減も無く吹き飛ばす事になんの躊躇いもない程度には。

 ……生まれた村を襲われた、という恨みは、そうそう消えるものではないのだ。たとえそれが、貴族の差し金であったとしても。

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