第16話 宝石は待機する

 どうやらグゼフィン村側もまず守役騎士のアリバイを調べ、役職を持っている人間のアリバイを調べ、とりあえず重要な位置に居る人間に、火薬設置の関係者がいない事を確定させたらしい。

 そしてその結果を、冒険者ギルドと共有したようだ。となると当然、冒険者ギルドによる、冒険者を調べた結果も共有される事になる。結果、どうなるかというと。


「……ま、こうなるわよね」


 イアリアはまあまあげんなりしつつ、グゼフィン村、という名前にそぐわない、元国境の城塞都市として使われていた時そのままの防壁の上で、夜間の見張りについていた。

 グゼフィン村の守役騎士及び役職を持っている人間、そして冒険者が山賊のスパイではない、という結果が出たのであれば、残る可能性は当たり前だが村人だけだ。

 しかし、正直に正面から聞いても無駄どころか、敵に情報を与えるだけだ。なので、こっそりと調べなければならない。だが現在グゼフィン村の人口は、周辺の村人を受け入れて、一時的にガワに相応しいまでに増えている。


「正攻法でやっていたら時間が足りない。なおかつ絶対山賊側に知られてはいけない。……だからと言って、信用できる相手を大事な部分に配置した上で、毒入りの酒と料理をふるまうかしら」


 なお、本日午後のイアリアはその毒こと魔薬を作っていた。普通に起きて普通に魔薬作りをしていたので、現在、とても眠い。

 まあ毒入りと言っても、イアリアが作ったのは眠り薬だ。後遺症もなく、事前に解毒薬を飲んでいれば防ぐ事も出来る。そして村人の大半を深い眠りに沈め、その間に山賊との繋がりを調べる、という作戦だった。

 もちろん全ての村人が例外なくふるまいの酒と料理を食べた訳では無い。だが、山賊に対する籠城への手当てという体で、春祭りの前祝いとして出されたものだったので、ほとんどの村人は口にした筈だ。


「残った少数は冒険者が監視すればいいだけの事だし、守役騎士もちゃんと訓練はしているようだから、これで証拠が見つかれば本当に終わりなのだけど」


 あれだけの火薬を仕掛け付きで用意するには、相応の準備が必要だ。という事はすなわち、相応の痕跡が残る事になる。夜闇の中でとはいえ、しっかり訓練をしている守役騎士が見逃すとは思えない。

 そして証拠が見つかれば、そのまま寝ている相手を捕まえて牢屋に放り込んでおけばいいだけだ。イアリア謹製の眠り薬である。混ぜても効果は変わらないし、一口飲んだだけで今夜一晩しっかり効くように調合してあるのだ。

 ……ただ。問題があると、すれば。


「……見つかれば、いいのだけれど。そもそも、ただの村人が、どうやってあんなに大量の火薬を用意したというのでしょうね。もちろん材料はそこらにあるわ。火薬なんて、極論材料を刻んで炒ってすり潰せば出来るものだし」


 イアリアが知り、また広く知られるあの赤い粉の火薬。あれは火属性を帯びた、あるいは火属性の魔力で変異した植物を使ったものだ。今の季節は冬が終わり、春の先触れが通り過ぎようとしているところ。寒さから目覚めるのは、火属性を持った植物が最も早い。

 だから、材料の調達は容易だ。そしてその加工も比較的容易だ。が。


「ただし。調合中も、その後も……下手に扱えば指ぐらいなら吹っ飛ぶわよ?」


 イアリアが「冒険者アリア」として名乗っている肩書きの、魔薬師。これの実力とは、最低限であっても紙に書き起こせば人を殴り殺せる程度の、知識量だ。イアリアほどともなれば、人を埋めて余りある。

 そして知識というのは、貴重品だ。イアリアは貴族であり、魔法使いであった。故にこそ専門の教育機関に通っていて、そこでそういう知識の上澄みを習得している。だからこそ、腕が良い、と評されている訳だ。

 だが逆に、形なき貴重品であるところの知識を、通常一般の村人ないし山賊が持ち得ているかというと。それは、まずあり得ない。だから、作り方そのものは簡単と言うものの、火薬を作るには相応の失敗がつきものだ。


「そういう失敗が無かったとしたなら。……嫌だわ。妙に知恵が回るのも納得しちゃうじゃない」


 だがイアリアは、火薬を確認して気付いていた。あの大量の火薬は、その品質が、大凡均一である事に。それはつまり、作り方が全く同じである可能性が高いという事だ。

 そして作り方が同じという事は、それを「指導」した誰かがいる、という事になる。すなわち、知識という貴重品を持つ誰かがいるという事。

 ……最低限、何かしらの「教育」を受けた何者か。高確率で元貴族が関わっているか……黒幕に、本物の貴族が控えている。そういう事だ。

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