第17話 宝石は知らせる

 グゼフィン村の中は村人の大半が深い眠りに落ち、その中を手分けして守役騎士が捜索している。捜索側には冒険者も含まれているが、少なくとも魔薬師である「冒険者アリア」ことイアリアは、欠伸を噛み殺し、ギリギリのところで眠りに落ちるのを我慢しながら、元国境の城塞都市だった防壁の上から外部を警戒していた。

 何故なら昼間に火薬が仕掛けられ、実際に爆発したのは、防壁だったからだ。それが内側だったことからこういう大掛かりな捜索になっているが、そもそも防壁へ多大なダメージが入ったという事がまず問題である。

 そして、今相手をしている……ここまで野生動物による襲撃が続いているのだから、偶然であるわけがない……山賊は、それこそ、野生動物を使ってこちらを疲労させる程度の「戦略」を使う頭がある。で、あるならば。


「仕掛けてこない訳がないのよねぇ……」


 何故なら、魔法学園で戦う技術について学んだイアリアだってそうするからだ。これだけの量の火薬を使ったのだから、相手が攻撃を開始したのは明らか。なおかつこういう場合は、相手が混乱し、立て直す前にたたみかけるのが鉄板である。

 だからこそ最初の一発は防壁だったのだろう。不意打ちというのは、見つかっていない一発目が一番成功率も効果も高い。何ならその後に見つかった冒険者ギルドとグゼフィン村中央部に仕掛けられていた火薬は、人手をそちらに割かせるためのものであったかも知れない。

 そして攻撃が成功した以上、防壁にはダメージが入っている。このタイミングで大掛かりな修復作業に入る訳には行かない為、その処置は応急的なものにとどまったが、もしもう一発、大きな攻撃が入れば。


「……崩れるでしょうね。これだけ堅牢な防壁でも、内側と外側から衝撃を加えられれば、限界というものがあるわ」


 故にこそ、大丈夫と判断された冒険者が夜の見張りに当たっているのだ。そしてイアリアも、昼寝なんてしていないにも関わらず、頑張って意識を保ちながら夜の闇を睨んでいる訳である。

 もちろん目を覚ます為の魔薬は用意してあるが、あれは摂取すればするほど効きが悪くなる。それに、昼寝もしていないのに夜起きている方が不自然なのだ。だから、出来るだけ使わずに済むなら済ませたいイアリアだった。

 ……とはいえ、それで異変を見逃しては何をしているか分からない。本当に自分が寝落ちしそうになったら使うつもりで、しっかりと魔薬を手に持っている。その状態で松明の影にうずくまり、出来るだけ影を見せないようにしてじっとした姿勢で、防壁の外を見張っている訳だが。


「……?」


 そうして何も無いままに時間が経過していき、細い月がそれでも天頂に上って来た頃。そろそろイアリアも眠気の限界が近い事を悟って、魔薬の使い時かと、若干うとうとしながら思い始めたところで、ふと森に動きがあったような気がした。

 しかし、ここでイアリアは動かない。じっとしたまま、しっかり下ろしたフードの下で、視線だけを巡らせる。

 いくら防壁の上にかがり火を焚いているとはいえ、夜は暗い。月明かりが頼りにならないのもあって、闇を見通すのは難しい。だからこそ、一瞬の違和感を見逃す訳にはいかないのだが……。


「おーい、そろそろ交代のじか……」

「伏せなさい!!」


 イアリアが動かず警戒レベルを上げているところに、ひょこっと顔を出したのはイエンスだった。冒険者カードを調べた結果彼も白だったので、見張りを担当している。

 だからここで顔を出すのは何も間違っていないのだが……イアリアは、動かないままで見ていた。イエンスが顔を出し、かがり火で動くのが森からも見えた瞬間。森の端に、僅かに光る物が並んだのを。

 それが何か等、問うまでもないし、何なら間違っていても構わない。何故なら種類はともかく……防壁の上を狙って、攻撃する為のものだからだ。


「おわぁっ!?」

「伏せたまま移動して鐘を鳴らして! 山賊のお出ましよ!」

「お、おう!」


 どうやら先に仮眠をとっていたらしく、イエンスの行動は素早かった。イアリアが叫んだ瞬間にわざと転ぶように、多少の打ち身は覚悟したうえでその場に倒れ込み……その上を、風切り音を伴って、無数の矢が通過していった。

 その高さが、そのまま立っていた時の自分の頭から胸だ、というのがイエンスにも分かったのだろう。悲鳴こそ上げたものの、それに続いたイアリアの指示には、意外と素早い匍匐前進で応えていた。

 一方その指示を出したイアリアは、内部空間拡張能力付きの鞄マジックバッグから、以前の防衛戦でも使った機械仕掛けのスリング、あるいは小型のバリスタを取り出していた。何の為かと言えば、もちろん、応戦の為だ。


「そうそうなんでも、思い通りに行かせる訳がないでしょう……!」


 狙うのは、矢の雨と同時に森から飛び出してきた集団だ。随分と抑えられているが、ゴロゴロという車輪の音を伴う大きな塊を中心にしている。そしてその進行方向は、ちょうど火薬による爆発があった場所だ。

 恐らくは破城槌の類だろう。丸太に綱と車輪を付けただけでも、勢いをつけて叩き込めば、火薬で強度が落ちた防壁なら十分な穴が開く。そうなれば、実質防壁の意味はない。

 だからその集団を、その中心になっている塊を狙って……イアリアは、爆発する小瓶を、発射した。

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