第17話 宝石は手を止める

「きりがないわ。ジョシア兄様、やってしまって」

「もうちょっと言い方が無かったかな妹弟子」


 という会話の後、ジョシアが魔法の実験を行う為の広い部屋とその周囲、そこに行くまでの道のりを一旦完全に氷漬けにして、その氷をハリスが溶かして通り道を含む空間を作り、イアリアはそこを通って広い部屋へと移動した。

 そしてさくさくと魔法陣を床一杯に描き上げ、魔石をごろごろと、しかし規則性をもって並べていく。この魔法陣も詠唱方式の1つなので、きっちり理詰めでイアリアが考えた魔法……結界の重ね掛けという効果が、現実を上書きして発動した。

 ようやく所縁のない使い魔を締め出す事が出来て安堵したイアリアとハリスだが、ジョシアはそうはいかない。


「当たり前なんだけど、手紙の量が増えたなぁ」

「ハリス兄様はよくない魔法の気配を感じたら、その場で焼いてしまうものね」


 何故なら、使い魔による侵入が出来なくなったのであれば、イアリアを外に出そうとする動きが大きくなるだけだからだ。そしてその窓口となっているのは、今のところジョシアだけである。

 今日も両手でようやく抱えられる大きさの箱一杯に、むしろそこから盛り上がって零れ落ちてしまう程の手紙や書類を押し付けられ、仕方なくナディネの研究棟に持ち帰ったジョシア。イアリアが仕分けているのを見つつ、疲れた声でそんな事を言っていた。

 もちろんイアリアは取り合わず、さくさくと魔力の気配がするものとしないものを仕分けていく。とはいえ、量が量なので今までよりは確実に時間がかかっているが。


「そうか、その場で凍らせてしまえばいいのか」

「凍らせるだけだと物が残るじゃないの」

「そうだった。イアリアならどうする?」

「そもそも受け取らないように徹底的に姿を隠して逃げ回るわね」

「そうくるかぁ。……それもいいな」


 流石に質問攻めが厳しくなってきたのか、ぐったりと疲れた様子と比例して、ジョシアの声には力がない。イアリアの、通常のザウスレスト魔法学園所属魔法使い兼貴族としては論外の対処法に同意を示す始末だ。

 ジョシアとしても、その魔法が氷の形でしか出てこないという事で、あれこれと随分な対応を取られてきた過去がある。それを持ち前の顔と努力と経験で磨いた話術で、普通と言われるところまで人脈的な自分の地位を上げたのだ。逃げ回る、というのは、その努力と苦労を丸ごと投げ捨てるという事に等しい。

 なので、普段なら絶対に同意はしない内容、なのだが。かなり参っているようだ。イアリアは見ていないが、相当に強引な手段も使われだしたのだろう。


「ジョシア兄様。これは参考までに使えるかもしれない手札なのだけど」

「何かな、妹弟子イアリア。手札は少しでも欲しいところだよ」

「今の私は長期課外学習という扱いの筈で、学園の中に居てもそれは師匠の研究に協力する為という身分なのよ。つまり今の私について嗅ぎまわるという事は、師匠の研究に探りを入れるという事なのよね」

「あぁ、なるほど。それはとても良い手札だ。ありがたく参考にさせてもらうよ」


 そして、その苦労は自分を守るためのものだと知っているイアリア。罵りの言葉ですら才女の単語を外せなかった頭を回して、しつこさが過ぎる貴族及び魔法使いを牽制できそうな手札を提示した。

 もちろん、完全に合法かつ大衆と権力者の正義がこちらにあるものだ。ナディネの威光を借りる事になるが、それは師匠と弟子という関係である以上、どう頑張っても免れない影響である。

 ジョシアも十分に頭が回る。なので、イアリアが提示した手札の活用方法ぐらいは、すぐに何通りも浮かんだだろう。姿勢はぐったりしたままだが、僅かに声色が明るくなった。


「それと。師匠の実験室の、入り口から右を見て左端にある棚の上から4段目の引き出しに、周囲の音を記録する魔道具の設計図があった筈よ。魔力効率は良くないし効果時間も短いから、師匠は実用的じゃないって作らなかったみたいだけど」

「使う場面によっては十二分に実用的なんだが、相変わらず師匠の理想は高いな。そしてイアリア、ありがとう。忘れないうちに確認してくる」


 そしてもう1つ手札として使えそうなものを提示したところで、微妙に体を引きずるようにしてジョシアは部屋を出て行った。疲れているのに行動が早い辺り、本気で参ってしまう寸前だったようだ。

 ちなみに何故イアリアがそんな細かい部分まで知っているかというと、師匠の実験室の片付けをしていたからだ。魔法で欲しいものを手元に呼び出して、けれどしまう事はなくその辺に放置される資料の類を、集めて仕分けてしまいなおしていたらいつの間にか覚えていたのである。

 そしてそこから無心で手紙を仕分けていたイアリアだが、ふとその手が止まった。


「これは……」


 イアリアが手と目を止めたのは、手紙ですらないメッセージカードだった。魔力の気配がしたため横に避けようとしたところ、イアリアが触れた事で魔法が発動したのだ。

 もちろん素早くそのカードを放り出して距離を取ったが、特に何も起こらない。なので警戒しながら近寄ってみると、どうやらイアリアの魔力に反応して文字が浮かび上がる、ただそれだけの魔法だったらしい事が分かった。

 ただし。その送り主は、マケナリヌス男爵だった。そう。イアリアにとってはほぼ生まれ故郷の仇である相手だ。


「…………」


 なのだが。その内容に目を通し、イアリアは無言で目を細めた。メッセージカードはさほど大きくない。だから書いてある文章も短く、送り主の名前を含めて数行だった。

 だが問題は、その中身。イアリアが手を止めて長考に入った、その内容は。


『愛しいモルガナの新しい手紙が見つかった

 宛先は君だ

 手渡ししたいから、会ってくれないだろうか』


 モルガナ、とは。

 マケナリヌス男爵家に引き取られた際、義姉となり。

 その後、共にサルタマレンダ伯爵家に引き取られ。



 そして魔石生みとなって、その末路を、その身をもってイアリアに伝えた人物の名前だった。

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