第18話 宝石は葛藤する

 イアリアには、貴族の義姉が3人いる。

 2人はサルタマレンダ伯爵家の令嬢で、実の姉妹。そしてもう1人は、元マケナリヌス男爵家の令嬢であり、イアリアと共にサルタマレンダ伯爵家の養女になった女性だった。

 マケナリヌス男爵に引き取られたとき、イアリアはまだ自分の村を襲うように指示したのが、当の男爵だとは知らなかった。なので誘拐され、そこから助け出された男爵家の人間には、縋り頼る感情を向けていた訳だ。


「そこに、年の近くて、圧倒的に美人で、優しくて面倒見の良いお姉さんがいたら、そりゃ懐くわよ。その時の私が何歳だと思っているの」

「そうか……妹弟子にも子供時代があったのか……」

「張っ倒すわよこの脳筋」


 と、イアリアが兄弟子2人に、マケナリヌス男爵家令嬢だったモルガナ・テレーズ・マケナリヌスについて説明したのは、あのメッセージカードが届いたその日の夜だった。

 なおイアリアのミドルネームはこの義姉から貰ったものだ。通常は親や先祖から貰うものだが、当時のイアリアは素直に懐いていた義姉から貰う事を希望した。

 なお男爵が村を襲わせたことをイアリアが知ったのは、そのモルガナの没後である。その時点でようやくイアリアは、通りでモルガナ姉さん以外の人間が、腫れ物に触るような扱いをした訳だ……と納得したらしい。


「うん? その人以外は、というと、他に男爵家の人間がいたのか?」

「男爵家の人間はいないけど、私は村から引き取られたばかりよ。貴族と使用人の違いなんて分かる訳がないじゃない」

「あー、なるほど。まとめて「この家の人」だと思ってたんだ」


 生粋の貴族であるハリスは疑問符を浮かべているが、同じく元平民のジョシアはその感覚に同意を示してくれた。そう、貴族にとって使用人は空気もしくは背景だが、当時のイアリアにとっては同じ家で暮らしている人間だ。平民の子供に、気にするな、というのは無理がある。

 ましてや、当時の幼いイアリアは故郷を失った直後だ。普通に手を伸ばし、普通にお姉さんやお兄さんとして扱い、慕おうとするだろう。しかし使用人からすれば雇い主である貴族様の養女である。そりゃ対応も微妙にならざるを得ないわよね、と、今のイアリアは納得しかないのだが。

 ともあれ、そういう事情もあってなおさら孤独感が強かったイアリアの心を慰め、癒したのが、そのモルガナ令嬢、という訳だ。


「確か、3つか4つ上だったんじゃないかしら。素直に懐かせてくれた上に、魔力の基本的な扱いを教えてくれたのも姉さんだし、貴族という生き物の基本を教えてくれたのも姉さんよ」


 恩人なの。と呟くように付け加えたイアリアの視線は、3人で囲むテーブルに置かれたメッセージカードに向いている。なるほど、と、ジョシアは納得したようだが、ハリスはまだ首を傾げていた。


「うん? だが今の話だと、その令嬢はもう儚くなっているのだろう? 死者から手紙が届く訳がない。罠だな」

「その可能性を私が考えないとでも思ったの? ……姉さんは、魔法を使うのも上手だったのよ。私がいる時でも、しょっちゅうあちこちに手紙を隠して回っていたわ。元から病弱だったし男爵は忙しいしで滅多に顔を合わせない分、男爵宛の手紙を山ほどね」

「そんな幼い時分からか!?」

「はっきり言って天才の類よね。ほとんど家からも出ないほど体が弱かったから未来は分からないけど、もし健康で学園に通ってたら、それこそ師匠を比較対象に出されるぐらいの魔法使いになってたんじゃないかしら」

「イアリアがそこまで素直に褒めるのは珍しいな!」


 なるほど! と大変納得した様子のハリスに対し、イアリアが風の弾丸を撃ちだす魔道具をテーブルの陰で取り出したところで、ジョシアの方からも、なるほど、と納得の声が上がった。


「あー……。つまり、イアリアの魔力を制御する訓練の一環として、イアリアにも手紙を書いて隠していたんだ?」

「そういう事よ。遊び感覚で子供心に楽しく、けど存外繊細な魔力制御が必要だから十分訓練になるのよね。そして私も魔力の扱いが当時はそこまで上手くなかったから、見付け損ねが今になって見つかる、というのは、十分あり得るのよ」

「それはまぁ……ちょっとタイミングが良すぎないかとは思うけど、あり得るかぁ……」

「えぇ。確かに、あまりにもタイミングが良すぎるとは思うのだけど……手紙自体は本物で、前に見つけていたものを、男爵が今出してきた、というのもあり得るわ」


 話が現実的な方向に戻ってきて、イアリアは魔道具を引っ込める。そしてまたしても疑問符を浮かべているハリスを置いて、2人で頭を抱えた。

 もちろん、イアリアがその「モルガナからの手紙」を無視すれば済む話だ。別に手紙が逃げる訳ではないし、イアリアの記憶の限り、男爵は実の娘であるモルガナを溺愛していた。それこそ、モルガナの「趣味」である手紙隠しに使えるように、屋敷の内装を無駄に複雑にする程度には。

 だから、男爵が「モルガナからの手紙」を捨てるという事も考えなくていい。はっきり言って、ナディネが帰ってきてから一緒に会ってもらえばいいだけの話だ。


「でもイアリアは、その手紙を見たいんだ?」

「…………分かってるのよ。師匠が帰ってきてからの方が、確実で安全だとは」

「いや。分かるよ。そりゃすぐにでも知りたいよね。もう会えない大事な人からのメッセージは」


 そう言って理解を示してくれたジョシアは僅かに視線を伏せていたので、恐らくそういう相手がいるのだろう。むぐ、とイアリアは口を引き結んで黙る。……つまり問題点は、そこだった。

 タイミングが良すぎる事から、確実にイアリアを捕まえるための罠だろう。誘いに乗るのは危険以外の何物でもない。

 だが。得てして罠というものは。……仕掛ける相手が、危険だと分かっていてもなお踏み込んでしまうような、非常に魅力的な「餌」があるから、仕掛けられるものだ。

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