第15話 宝石と害を成すものの話

『話を戻します』


 ドラゴンをはじめとした、伝説の魔物。魔獣とは違う存在。そこに冒険者組が食いついて盛大に話が脱線していたのを、教皇マルテは咳払いの後の短い言葉で強引に修正した。


『悪しき力によって創られた魔物は、当然ながら人に害を成します。しかし神の御業で創られたその身は、人を惑わすとしても欲を満たす一助になりました』

「だから一時、魔物が次々現れていたのよね~」

『しかし、それでもなお悪しき願い、悪しき祈り、己の欲を満たす事しか考えない人間は多く。次に神は、悪しき力を吸い上げ、周囲に迷宮を作る石をお創りになられました』

「一部の、無限に宝が湧いて出てくる不思議な遺跡、って言われてるのがそれよ~」


 どうやら教皇マルテが大筋を話し、そこに「永久とわの魔女」ナディネが補足を加える、という形で進めることにしたらしい。少なくともイアリアとしては大変分かりやすかったので問題は無い。内容はともかく。


『欲にかられた人間が自ら迷宮に飛び込むようになり、欲による祈りを減らす一助になりました。それでもまだ悪しき祈りは絶えず、悪しき力は溢れんばかり』

「迷宮はそんなに増やす訳にも行かないものね~。魔物の対処で忙しかったし、魔物に襲われたせいで神を恨んだり呪ったりする人も出てきちゃったし~」

『……その現状を受け、次に神は、病をお創りになられました。そして信徒に、病の治療を行う為の方法を伝えられました』


 は? と、ここで零れたのは誰の声だっただろうか。


『もちろん、悪しき力によって創られた以上、人に害を成す存在です。治療と言っても、教会の手が世界に遍く届いているとは言い難く。どうして教会だけが治療方法を知っているのかと、更なる人心の悪化を招くほどでした』

「実際はそんな事ないというか、神様の慈悲だったんだろうけどね~」

『えぇ。そうだったのでしょう。ですが、当時の教皇は、命を削る祈りによって、神に問いました。――神よ。あなたは、あなたには、我らの感謝の祈りが届いていますか、と』

「……あぁ、良かったよ。当時の教皇が人間を知っていて」

「? ……? ん?」


 ちなみにイアリアは、船に乗るまでの移動の間に、イエンスとノーンズの両親が病に倒れて回復しなかった為に孤児になった、と聞いている。つまり、病というのは双子の親の仇なのだ。

 それを神が創った、と聞いて、既に「聖人」になる儀式をしている状態、というのは、まぁ……それこそ神を呪いかねない心境になるのも致し方ないだろう。そしてその事実あるいは伝承に続いた言葉に、その感情を抑え込んだのも。

 もっとも、イエンスの方は、それに気付いているかどうかかなり怪しいが。理解が追いついていないのは見て分かるが、どこまで付いて来れているかは外からでは分からない。


「神様が病を創った。つまり、病気がこの世界にあるのは神様のせい」

「うえっ!?」

「ただし、それが本来の神様の性格だったかと言われると、かなり怪しい」

「……うん?」

「だって、手加減が無いでしょう。魔物なら迎撃できて素材が手に入る。迷宮なら被害は飛び込んだ人に留まるし宝もある。でも、病気はそうじゃないわ」

「……?」

「今までは、自分の欲を優先して他人を犠牲にする人間を比較的狙ってたのが、今回はそうじゃない人の方が大勢被害に遭うでしょう」

「あ」


 もちろんイアリアの言い方も大概なのだが、誰からも反論が出なかったという事は、その理解で合っているという事だ。


『……神は、長らく沈黙しておられた、と、記録には残っています。しかしその後に、神と調和を聖なるものとした場合の、魔なるもの……魔王の誕生に備えよ、との託宣が下されたそうです』

「……。魔王?」

「魔王よ~。お伽噺にもちょくちょく出てくるわよね~」

『大幅に脚色されているとはいえ、事実なのですが。ままなりませんね』


 もちろん知っている。というか、魔物の発生源が魔王とされていて、魔王が倒された後も魔物が残っている、というのは有力な俗説だ。冒険者が探索する遺跡も、特に殺意が高い物は魔王が作ったとされている。

 ただ、イアリアは魔法使いとして魔法学園に入学し、魔物とは動物が魔力で変異したものだと学んだ。だから魔王の存在は、それこそお伽噺として脚色の末に作り出された象徴のようなもの、と認識していた訳だが。

 まぁ今の話で行くと、魔物と魔獣は違う存在であり、更に魔王は違う何かという事になるのだろう。たぶん。恐らく。……イアリアの理解が間違っていなければ、だが。


「イエンス、ついてきている?」

「何で俺???」


 なおノーンズが片割れに確認を取っていたが、やはりそれだけ衝撃の大きいというか、理解するのに時間がかかる情報だという事だ。

 ……イアリアは内心こっそり、魔力の真実について師匠に聞いた時ぐらいは既におなかいっぱいね、などと思ったりしていたが。

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