第14話 宝石と前提の話
邪神。その言葉が出た時、イアリアの脳裏に浮かんだのは「黒の女神」という言葉だった。イアリアを、2度目の魔力暴走に見せかけた転移で運ぼうとしたときに、言葉は通じるのに話が通じなかった領軍の男が口にした言葉だ。
それを伝えたノーンズも同じく思い出したのだろう。訝しげに細められていた目が、更に細くなった。
『邪神の前に、神と祈りについて説明しましょう。――我々信徒は、神に祈りを捧げます。そして我らの神は、祈りに乗せられた感情を力に変えられ、世界をよりよく導く事に使われます』
……魔力=神の力だと知っているイアリアは、それはつまり世界に満ちる魔力が増えるという事では? と思ったが、黙っておいた。とりあえず、少なくとも今は関係のない話だ。
『ですが。良き感情は良き力に。悪しき感情は悪しき力になります。ですので教会は穏やかな心で感謝を捧げる事を教えとしている訳ですが……人が増えれば、欲は深く大きくなるもの。次第に、神の元へ集まる悪しき力は増えて行ったとされています』
「……僕らが知ってる範囲の聖典には書いてない話の筈だけど」
『えぇ。これは神官の中でも一握り。最初の教皇が遺した、始まりの聖典にしか書き残されていない内容です。そして始まりの聖典を見る事が出来るのは、教皇、聖女、聖人のみです』
「それ、部外者の私達が聞いていい話?」
『世界の危機ともなれば、そのような事を言っている場合ではありませんから。もちろん、みだりに広められては困りますが』
つまりは、関係者以外には話すな、という事だろう。まぁその手の情報はいつもの事だし、事ここに至るまでもいくつ聞いたのかという話だ。そもそもここに集まっている全員が、その手の話は無数に聞いているし知っている。
『話を戻します。悪しき力は悪しき事にしか使えません。良き力に変える事は出来ません。しかしそのまま使ってしまえば、最悪世界が滅びかねない。どうするべきかと考えた末に、神は魔物という存在をお創りになられ、それを信徒に伝えられました』
「……魔物ってそうやって誕生したの?」
「んー、お弟子やそっちの人達が知ってるのは、たぶん魔獣だけよ~」
「んあ? 魔力で変異した動物の事を魔物って言うんじゃねーの?」
「それは魔獣って言うのよ~。魔物は、そうね~……マルテちゃん、私から説明してもいいかしら~?」
『そうですね。恐らくその辺りは、ナディネの方が上手く説明できるでしょう。お願いします』
教皇だからか元からか、説法っぽくなってきたな。というのを、ハリスが転寝しかけてジョシアに起こされる、という様子で認識していたイアリア。疑問を口に出すと、それをナディネが拾った。それに反応したのは、こちらは意外と真面目に聞いていたらしいイエンスだ。
マルテとナディネ以外の全員が「?」という顔をしていたのに気付いたか、ナディネはイアリアを抱え込んだまま、ついっと杖を振った。幻影で、その辺に居そうな明るい茶色の犬が机の上に現れる。
「魔獣って言うのは、動物が魔力で変異した生き物の事。例えばこのわんちゃんが……そうね~。不法に廃棄された失敗作の魔薬を飲んじゃって、ウルフになるとかそういう事よ~」
その犬の少し先に、虹色に輝くどう見てもヤバい水溜まりが現れる。犬はそれに近寄って、ぺろぺろと舐め……毛色を黒く、目を赤に変え、毛並みを逆立てて体躯が一回り大きくなった。
そのウルフがどこかへ走り去っていく形で消えて、虹色の水溜まりも消える。代わりに現れたのは
「魔物って言うのは、他の生き物とは全く違う何かの事。キメラとかじゃなくって~。代表的なのは、ドラゴンかしら~。大体はもう倒し尽くした筈だし~、いたとしても遺跡の奥深くとか、人の生活圏から遥かに離れた場所とかにしかいないと思うわ~」
「ドラゴンってお伽噺じゃなかったの?」
「実際にいたのよ~。普通の生き物と違って、増える事は無かったのだけどね~。その辺は神様の気遣いかしら~」
「って事は、アイランドタートルとかそういうのは本当にいたって事か!?」
「グリフォンとかペガサスも!?」
「あらあら~。でもそうね~。昔はいたわよ~」
ゴォオオオ!! と、威嚇してくる、手のひらサイズの竜だった。四肢を持ち、翼を持ち、尾を持ち、なおかつ全身が鱗に覆われた最強の魔物。どうやら普段冒険者が相手をしているのは魔獣であり、正真正銘の魔物というのは、そういう理不尽な存在だったようだ。
なお、ナディネの言う「昔」が具体的に何年前かというのは、イアリアには分からない。だが少なくとも冒険者ギルドであれこれ資料を見た感じ、少なくとも平均的な人間の「昔」ではないのは確信している。
……それも今回の事で分かるかしら。と、イアリアは、ちょっとだけ思ったりした。
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